静かに戻ってきた何気ない日常
何度も書いていることだけれど、退院して家に戻ってきた。
病院の天井ではなく、
自分の家の天井を見上げる。
それだけのことなのに、
妙に落ち着く。
下咽頭がんの手術を受けて、
しばらくは時間の流れ方が少し変わっていた。
病院では、一日が長い。
点滴の落ちる音。
廊下を歩く看護師さんの足音。
夜中に鳴る機械の電子音。
静かなはずなのに、
なぜか音が多い。
その音の中で、
自分の体の様子をずっと感じていた。
家に戻ると、
聞こえてくる音が変わる。
キッチンでお湯が沸く音。
窓の外を走る車の音。
遠くで遊ぶ子どもの声。
どれも前からあったはずの音だ。
でも、
少しだけ新しく聞こえる。
最近、また涙もろくなった。
若い頃より確実に涙腺は弱い。
それに加えて、どうやらさらに緩んだらしい。
テレビでも、
映画でも、
人の文章でも、
ふとした言葉で
目の奥が熱くなる。
歳のせいなのか、
病気のせいなのか、
それともただ、
いろいろな時間を通り過ぎてきたせいなのか。
理由はよく分からない。
ただ一つだけ思うことがある。
以前より、
人の言葉や音が
少し深く入ってくる。
若い頃は、
速いとか、うまいとか、
そういうものばかり見ていた。
今は少し違う。
その人がどれだけ続けてきたのか。
どんな時間を過ごしてきたのか。
そんなものの方が
よく聞こえる。
闘病というほど
立派なことをしたつもりはない。
ただ、体が少し立ち止まった。
でも、その立ち止まりのおかげで
日常の輪郭が少しはっきりした気がする。
朝の光。
湯気の立つコーヒー。
窓から入る風。
そんな小さなものが、
前より少しだけ
大事に見える。
ギターも、もちろん触り続けている。
声は前ほど出ない。
指も前のようには動かない。
それでもネックを握ると、
手のひらが
「ああ、これだ」と思い出す。
人間の記憶というのは、
意外としぶとい。
家に戻って、
またいつもの日常が始まる。
特別なことは何もない。
でも、
それで十分だと思っている。
涙もろくなったのは、
きっと悪いことじゃない。
それだけ、
まだ何かに心が動くということだから。
おじさんギタリスト、
また少し涙もろくなって戻ってきた。
でもそのぶん、
日常の音は
少しだけ優しく聞こえている。 🎸
