作詞・作曲:Neil Finn
収録アルバム:Conflicting Emotions(1983)
プロデュース:Hugh Padgham / Eddie Rayner
レーベル:Mushroom Records
■ ENZ終盤の、不思議なくらいまっすぐなラブソング
1983年の ENZ は、少し複雑な時期にいた。
Tim はソロで成功し、バンドの空気には少しずつ亀裂が入り始めていた。
シンセやドラムマシンの導入でサウンドも変わり、初期のアートロック感や Time and Tide 頃のバンド感とは、明らかに空気が違っていた。
Neil 自身も後年、この頃を「バンドの終わりの始まり」と振り返っている。
そんな Conflicting Emotions の中で、「Our Day」はちょっと異質だ。
政治でもない。
皮肉でもない。
兄弟の軋轢でもない。
これは、とても個人的な歌だ。
しかも、その中心にあるのは――
まだ生まれていない命。
この曲は、Neil が妻 Sharon のお腹にいた、のちの Liam Finn に宛てて書いた歌として知られている。
Neil本人も、
“I was motivated to write about my kid…”
(自分の子どものことを書きたかった)
と語っている。
ただ、美化しすぎたくなかったとも言っている。
希望だけじゃなく、
不安も、迷いも、恐れも入れたかった、と。
そこが、実に Neil らしい。
■ まだ見ぬ命へ
Let our love create another life
It’s growing even as we speak
僕らの愛が、新しい命を生み出している
今こうして話している間にも、その命は育っている
いきなり美しい。
でも、Neil の書き方は甘すぎない。
奇跡だ、感動だ――
そんな言葉を並べない。
ただ、静かに事実を見つめている。
命が育っている。
それだけで、もう十分すごい。
■ 父になる前のNeil
His mother’s all around him
His father’s just a sound to him, singing gently
母親は彼をすっぽり包んでいる
父親である僕は、まだ優しく歌う “音” でしかない
ここ、たまらない。
この表現、Neil しか書けない。
母は身体そのものが居場所になる。
でも父はまだ、声だけ。
音だけ。
存在の輪郭がまだ薄い。
父親になる前の男の、
少し頼りないリアルがある。
私もこの一節を初めてちゃんと理解したのは、若い頃じゃなかった。
歳を重ねてからだった。
■ 約束と不安
We have promised him a future
So I’m hoping that tomorrow
Is, was, and will ever be
僕らはこの子に未来を約束してしまった
だから明日というものが
これからも、ずっと在り続けてほしいと願う
ここ、ものすごく深い。
子どもを持つということは、
未来を信じるということでもある。
でも1983年という時代を考えると、
冷戦、核不安、社会不安――
「未来は本当にあるのか?」という空気も確かにあった。
Neil は、父になる喜びと同時に、
世界そのものへの不安も歌っている。
■ 新しい時代
The old age is near the end
The new one’s just begun
古い時代は終わりに近い
新しい時代が、今始まろうとしている
これは個人的には、この曲の核の一つ。
単に子どもが生まれる話じゃない。
時代が入れ替わる感覚。
親から子へ。
過去から未来へ。
ENZ 自体も、ちょうどそういう転換点にいた。
だから、この歌はバンドにも重なる。
■ まだ会ったことのない顔
There’s a face that I will come to love
That I have never seen before
これから愛することになる顔がある
でも、まだ一度も見たことがない
これは反則級に美しい。
まだ見ぬ我が子。
顔も知らない。
声も知らない。
なのに、もう愛している。
親になるって、たぶんこういうことなんだろうなと思う。
理屈より先に、愛が来る。
■ 紙の舟
I’ll be going on a journey
In a flimsy paper boat upon a stormy sea
僕はこれから旅に出る
嵐の海を、頼りない紙の舟で進むような旅に
父になることを、
Neil は“紙の舟”で表現した。
強い船じゃない。
紙だ。
すぐ破れそうだ。
でも、それでも進む。
この比喩、すごくNeilだ。
勇敢さより、正直さ。
■ 恐れ
You say this ain’t no place for children
Oh God, I hope that what we’ve done is right
君は言う、こんな世界は子どもを迎える場所じゃないって
神様、お願いだ。僕らが選んだ道が正しかったと、どうか思わせてほしい
ここで一気に現実が来る。
ただ幸せな父親ソングなら、ここは書かない。
でも Neil は書く。
世界は優しくない。
こんな場所に子どもを連れてきていいのか。
その不安を隠さない。
そこに、この曲の誠実さがある。
■ ラストがあまりにも美しい
そして最後。
Hear this my son, I promise you
the best that we can do
We love you…
聞いてくれ、息子よ
僕らにできる最高のことを約束する
愛しているよ…
……これは泣く。
Neil の歌詞って、
遠回しだったり、比喩だったり、
少しひねくれていたりすることが多い。
でも、ここは違う。
驚くほどまっすぐだ。
飾らない。
難しい言葉もない。
ただ、
We love you.
それだけ。
でも、そのシンプルさが胸を打つ。
親って、結局そうなんだと思う。
完璧にはできない。
未来も保証できない。
世界も変えられない。
でも、
愛している。
できる限りのことはする。
それしか言えない。
それが全部なんだ。
■ おじさんギタリストとして
私は1986年に CH の “Don’t Dream It’s Over” で Neil に衝撃を受けて、そこから ENZ に遡った人間だ。
だから最初は、
ENZ の Neil に「若いNeil」を見ていた。
でも今聴くと違う。
この頃の Neil はもう、
後の CH の Neil Finn そのものだ。
優しい。
でも甘くない。
美しい。
でも現実から逃げない。
「Our Day」は派手な曲じゃない。
ENZの代表曲として語られることも少ない。
でも、私はこの曲が大好きだ。
なぜならここには、
ソングライター Neil Finn の核心があるから。
人は愛する。
同時に怖がる。
希望を持つ。
でも不安も消えない。
その矛盾を、そのまま歌える人は少ない。
そして今、あのお腹の中にいた Liam が大人になって、音楽を鳴らしていると思うと、また胸に来る。
1983年、父が歌った
“Hear this my son…”
あの声は、ちゃんと届いたんだと思う。
そう考えるだけで、
この曲はさらに特別なものになる。

