最近、ありがたいことに少し忙しい。
いや、少しではないかもしれない。
気がつくと、仕事の連絡を返している。
気がつくと、次の予定を確認している。
気がつくと、今日やるはずだったことが明日に移動している。
そして、その明日もすでに混んでいる。
noteで好きな方の記事も、毎日読めているわけではない。
読みたい記事はある。
気になっている投稿もある。
コメントを返したい気持ちもある。
でも、開こうと思った頃には、もう目が半分閉じている。
スマホを持ったまま寝落ちしそうになって、
「これは読む態勢ではなく、落下防止の訓練だな」
と思う日もある。
予定表というものは不思議だ。
空白があると安心するのに、埋まると少し怯える。
でも、仕事がもらえるというのは本当に幸せなことだと思う。
これは綺麗事ではなく、年齢を重ねるほどに実感する。
必要としてもらえる。
声をかけてもらえる。
任せてもらえる。
それはやっぱり、ありがたい。
若い頃は、忙しいとただ文句を言っていた気がする。
「時間がない」
「疲れた」
「もっとギター弾きたい」
もちろん今も思う。
思うどころか、かなり思っている。
ただ、今はその忙しさの中に、少しだけ感謝が混じるようになった。
まあ、感謝が混じったところで疲れるものは疲れるのだが。
人間、そんなに立派にはできていない。
問題はギターである。
弾きたい気持ちはある。
これは間違いなくある。
でも、いざ夜になってギターケースを見ると、身体の方が先に小さくため息をつく。
「今日、いく?」
みたいな顔をしている。
こっちは行きたい。
気持ちは行く気満々だ。
ただ、腰と肩と目が会議を始める。
腰が言う。
「今日はやめておいた方がいい」
肩が言う。
「ストラップ、今から掛けるの?」
目が言う。
「譜面は無理です」
全員、なかなか強い。
それでも、ケースを開ける。
ギターを出す。
シールドを挿す。
アンプの電源を入れる。
このあたりまでは、まだギタリストとしての自分が勝っている。
問題はその先だ。
チューニングをする。
六弦。
五弦。
四弦。
三弦。
二弦。
一弦。
一本ずつ合わせているうちに、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「ああ、まだ大丈夫だな」
と思う。
指が完璧に動くとか、音が最高だとか、そういう話ではない。
ただ、弦の振動が身体に戻ってくるだけで、少し安心する。
ところが、そこでスマホが鳴る。
仕事の返信。
家の用事。
確認しなければならないこと。
明日の準備。
そして、ほんの少しだけ鳴らしたところで、気づく。
一曲も弾いていない。
チューニングした。
軽くコードを鳴らした。
少しフレーズを触った。
以上。
ギタリストとしてどうなのか。
いや、どうなのかと言われても、これが現実なのだ。
若い頃なら、ここから二時間でも三時間でも弾けた。
夜中でも平気だった。
多少疲れていても、ギターを持つと元気になった。
むしろギターを弾くために、他の疲れをなかったことにしていた気がする。
今は違う。
疲れはちゃんと残る。
誤魔化せない。
しかも翌日に持ち越す。
昔は一晩寝れば戻ったものが、今は二日くらい居座る。
まるで帰るタイミングを失った親戚のように、身体の中にいる。
だから、無理に弾けない日がある。
悔しいというほど大げさではない。
でも、少し寂しい。
ギターが嫌になったわけではない。
音楽から離れたいわけでもない。
むしろ逆だ。
弾けない日ほど、頭の中ではギターが鳴っている。
仕事の合間に、ふとコードの響きを思い出す。
移動中に、リズムの重心を考える。
メールを書いている途中で、なぜか昔弾いたフレーズが浮かぶ。
そして思う。
「ああ、今それ来る?」
今じゃない。
今は書類だ。
今は返信だ。
今はギターを持てない。
でも、来る。
音というものは、こちらの都合をあまり考えてくれない。
風呂場でメロディが降りてくるのと同じで、忙しい時ほど何かが浮かんだりする。
そして、だいたい忘れる。
メモを取ろうと思った時には、もういない。
あれは本当に何なのだろう。
ただ最近、少し思うことがある。
曲まで辿り着けない日にも、意味はあるのかもしれない。
チューニングだけで終わる。
一曲も弾かない。
練習らしい練習にもならない。
それでも、ギターに触れたという事実は残る。
音を出した。
弦を合わせた。
今日の自分の手で、今日のギターを鳴らした。
それだけで、完全には切れていない気がする。
若い頃は、練習というものをもっと大きく考えていた。
何時間弾いたか。
何曲コピーしたか。
どれだけ上達したか。
もちろん、それは大事だ。
でも今は、それだけでは測れない日がある。
疲れていてもケースを開けた。
五分だけでも触った。
チューニングだけでもした。
そういう小さな接点が、意外と大事なのかもしれない。
ギターとの関係も、人との関係に少し似ている。
毎日長く話せなくても、短い挨拶だけで繋がっていることがある。
「元気?」
「まあまあ」
「また今度、ゆっくり」
そんな感じだ。
ギターに向かってそんなことを思っている時点で、まあまあ危ない人ではある。
でも、ギタリストなんて大体そんなものだと思っている。
仕事がもらえることは幸せだ。
これは本当にそう思う。
忙しいと言えること。
やることがあること。
誰かに必要としてもらえること。
それは簡単に当たり前と言ってはいけないものだと思う。
ただ、その一方で、ギターに関してはしばらくこんな状況が続くのだろうとも思っている。
弾きたい。
でも時間がない。
時間ができても疲れている。
疲れていなくても、別の用事が入る。
そして結局、チューニングだけで終わる日がある。
でも、今はそれでもいいのかもしれない。
曲まで辿り着けない日があっても、
音楽から離れたわけではない。
弦を一本ずつ合わせている時間だけは、
少しだけ自分に戻っている気がする。
今日はチューニングだけ。
それでもまあ、
完全に鳴らなかったわけではない。
明日も忙しい。
たぶん明後日も忙しい。
しばらくは、こんな感じだと思う。
それでもギターは部屋にある。
ケースの中で、こちらを見ている。
いや、見てはいない。
でも、見られている気がする。
だから今日も、せめてチューニングだけはしておく。
それくらいの距離感で、
今はまだ、ちゃんと続いている。
