🎵『ウェディングベルを抱きしめて』  ヒルビリーバップス (1988)

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🎵『ウェディングベルを抱きしめて』  ヒルビリーバップス (1988)

「ウェディングベルを抱きしめて」―宮城宗典という“灯”に寄せて―

ウェディングベルを抱きしめて
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ウェディングベルを抱きしめて – HILLBILLY BOPS
作詞:和久井 光司
作曲:面輪 かおり
編曲:HILLBILLY BOPS / 森川 欣信
ストリングス編曲:森英治

ヒルビリーバップスというバンドを思い出すたびに、あの声が蘇る。
煙草の煙とネオンの匂いをまといながら、それでもどこか清潔で、真っ直ぐな響きを持っていた——宮城宗典の歌声。
彼が残した「ウェディングベルを抱きしめて」は、そんな声の記憶をいまも鮮やかに呼び覚ます。

〈地下鉄まで止めるほどの停電パニック〉
そんな突拍子もない一行から始まるこの曲は、ヒルビリーバップスの世界を象徴している。
都会の夜を背景に、恋の瞬間をスナップ写真のように切り取る。その中には、若さの衝動と、どうしようもない不安とが同居している。
それを宮城は、ただ“格好よく”歌うのではなく、どこか傷つきながら、ひとつひとつの言葉に心を込めて発していた。

彼の歌い方には、ロックやロカビリーの「型」では括れない、人間的な揺らぎがあった。
笑っているのに泣きそうで、照れているのに真剣。
そんな相反する感情が、彼の声には同時に存在していた。
〈キャンドルだけが燃えた あの初めての夜〉というフレーズを聴くたびに、その“脆さ”が胸を締めつける。
宮城の歌には、恋をテーマにしていながらも、どこか“生きること”そのものの切なさが宿っていた。

ステージ上の彼は、いつも全身で音楽を浴びていた。
マイクを握るというより、音と溶け合うように歌っていた。
演奏が終わると、まるで魂の一部を置いてきたような表情をしていたという。
それほどまでに、宮城宗典にとって“歌う”という行為は、生きることそのものだったのだろう。

ヒルビリーバップスの楽曲は、しばしばファッション性や時代の色彩とともに語られる。
しかし「ウェディングベルを抱きしめて」には、彼らが持っていたもう一つの顔~純粋なロマンティシズム~が息づいている。
軽やかなロカビリーのビートに乗せながらも、そこには“永遠”を夢見る少年のような祈りがある。
〈本気でウエディングベル〉という一節は、単なる恋の言葉ではなく、人生を誰かと分かち合いたいという願いの告白にも聞こえる。
その声の裏側にある“本気”が、いま聴いても胸を打つ。

宮城宗典がこの世を去ってから、ずいぶんの年月が流れた。
だが、彼の声は時間に風化されない。
むしろ、あの短い生涯があったからこそ、彼の残した一音一音が、いまはより強く輝いて聴こえる。
夜の街で、ふと流れてきたあのイントロに足を止める瞬間。
そこに、彼がいた頃の熱、夢、そして優しさが確かに息づいている。

“ウェディングベル”とは、誰かと共に未来を歩むための鐘の音だ。
けれど、宮城が抱きしめたそのベルは、もしかしたら「永遠」という名の孤独をも鳴らしていたのかもしれない。
彼の歌声は、愛の歓びと同じだけの哀しみを知っていた。
それでも彼は歌った。
太陽の下では恥ずかしがり、夜になると灯を消して愛を語るように。

今夜も、どこかで誰かがこの曲を聴いているだろう。
キャンドルの灯に照らされながら、あの声の温度を確かめるように。
その瞬間、宮城宗典というひとりの歌い手は、確かに“生き続けている”のだ。

『PUBLIC MENU』(1988年3月25日)

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