個室に移ってから、時間の流れが少し変わった。
遅い。
でも、濁らない。
窓の外は、同じ景色の繰り返しなのに、
なぜか毎回、微妙に違って見える。
天気のせいか、自分の気分のせいか。
ギターを触らない日が、こんなに続くのは久しぶりだ。
若い頃は、「今日は弾かない日」なんて、
むしろ格好つけて言っていたのに。
今は、弾かないんじゃなくて、
弾けない。
この差は、思ったより大きい。
朝の回診が終わって、点滴の音だけが残る時間。
その一定の間隔が、
昔使ってたドラムマシンみたいで、ちょっと笑ってしまう。
いや、
本当は全然おもしろくない。
こういうときに限って、
昔作った曲のコード進行を思い出す。
なぜか、
うまくいかなかったやつばかり。
「あそこ、もう少し粘ればよかったな」
とか、
今さら反省会が始まる。
病室でやる反省会は、
会場費がかからないぶん、
やたら長い。
生活は、確実に一時停止している。
洗濯もしない。
買い物もしない。
スタジオの予定も入らない。
その代わり、自分の呼吸と、
体の調子と、妙に仲良くなる。
これ、
炊飯器が壊れて毎日パン生活になったときに、
米のありがたさを知る感じに近い。
そんな例えしか出てこないあたり、我ながら生活感が強すぎる。
正直に言うと、
「このまま弾けなかったらどうしよう」
という考えが、頭をかすめる瞬間もある。
そのたびに、ちょっと目をそらす。
怖いものは、まだ直視しなくていい。
今は、生き延びるターンだ。
ギターは、次のターンでいい。
ノートPCのキーボードを打つ指が、
ギターより正確になってきた気がして、
少しだけ複雑な気分になる。
でも、
これも悪くない。
音を出せない代わりに、言葉が鳴っている。
退院したら、まず何を弾くかは決めていない。
決めないでおく。
白紙の譜面を机に置く感じで、
その日を待ちたい。
おじさんギタリストは、
今日も病室にいる。
大きな進歩はない。
劇的な回復もない(回復はしている)。
でも、
音楽が生活から消えていないことだけは、
はっきりしている。
静かな部屋で、
まだ鳴っていない音を、
ちゃんと抱えたまま。
