手術後のおじさんギタリスト
— 入院中あるあると、音への渇望 —
手術が終わって、入院生活が始まった。
まず最初に思ったのは、
「静かすぎるな」ということだった。
病院は音が少ない。
いや、正確に言うと、音楽がない。
機械音、足音、カーテンの擦れる音、
看護師さんの声、遠くのナースコール。
音はある。
でも、音楽がない。
これが、地味にこたえる。
身体は寝ているのに、脳だけ元気
身体は確実にダメージを受けているのに、
頭の中だけが妙に冴えている。
ベッドに横になりながら、
勝手にコード進行を考え始める。
「ここでAメロ入って、
サビ前でちょっと転調して……」
いや、
ギターないし。
声も出ないし。
何も確認できない。
完全に 脳内スタジオ だけが稼働している状態。
これが一番つらい。
ギターを弾いていないのに、指が動く
何も持っていないのに、
右手が勝手にストロークしている。
左手は、
存在しないネックを探している。
看護師さんが来る直前に、
慌てて手を止める。
説明できない。
「癖です」と言うのも違う。
これはもう、
禁断症状 に近い。
音楽を聴くと、逆にしんどくなる瞬間がある
スマホで音楽を聴く。
最初は嬉しい。
懐かしい曲、好きな音。
でも途中で、
胸の奥がきゅっとなる。
「弾きたい」
「触りたい」
「音を出したい」
聴けるのに、出せない。
これ、
ギタリストには結構きつい。
だから最近は、
あえて無音で過ごす時間も増えた。
病室の“他人の生活音”が気になりすぎる
最初は大部屋だった。
カーテン一枚向こうの咳、
寝返り、
テレビの音、
誰かのいびき。
音楽じゃない音に、
耳が勝手に反応してしまう。
「このリズム、ずっと不安定だな……」
とか、
どうでもいい分析を始めてしまう自分が嫌になる。
そして数日前、
やっと個室に移れた。
これが、
本当に救いだった。
静か。
自分の呼吸だけが聞こえる。
ここでようやく、
気持ちも少し落ち着いた。
大変だったことも、ちゃんとある。
喉の違和感。
思ったように声が出ない不安。
体力が一気に落ちた感覚。
「これ、戻るのかな」
と考えてしまう夜もある。
正直、
強がってばかりではいられない。
それでも、
音楽から気持ちが離れることはなかった。
むしろ逆だ。
触れないからこそ、欲しくなる。
ギターという楽器が、
どれだけ自分の生活の中心にあったかを、
ここで思い知らされた。
音楽は、
趣味でも、仕事でも、
逃げ場でも、拠り所でもあった。
全部だ。
病室のノートPCで、
こうして文章を打っている今も、
頭の中では音が鳴っている。
まだ弾けない。
まだ声も不安定。
でも、
音を諦めた感覚は一切ない。
むしろ、
ちょっと距離ができたぶん、
大事さがはっきり見えた気がする。
おじさんギタリストは、
今、入院中だ。
点滴もあるし、制限もあるし、
できないことだらけだ。
でも、
心の中のスタジオは、
今日もちゃんと稼働している。
そのうち、
このベッドを降りて、
ギターケースを開ける日が来る。
その日の最初の一音は、
きっと、
今までより少しだけ深い音になる。
そんな気がしている。
焦らず、
でも音からは離れず。
おじさんギタリストは、
今日も病室で、
静かにチューニング中だ。
