🎵『FENCEの向こうのアメリカ』柳ゞョヌゞレむニヌりッド

曲名FENCEの向うのアメリカ
アヌティスト柳ゞョヌゞレむニヌりッド
幎代1979幎
䜜詞トシ・スミカワ
䜜曲石井枅登
線曲レむニヌりッド
収録アルバム『Y.O.K.O.H.A.M.A.』1979幎 アナログ盀
LabelBourbon Records

『Y.O.K.O.H.A.M.A.』は1979幎に発衚された柳ゞョヌゞレむニヌりッドの3䜜目のアルバムで、『FENCEの向うのアメリカ』はその最埌に収められおいる。䜜詞はトシ・スミカワ、䜜曲はレむニヌりッドのギタリスト、石井枅登。アルバムはBourbonレヌベルから発売された。

『Y.O.K.O.H.A.M.A.』
楜倩 / Amazon / Yahoo / メルカリ


倜、ギタヌを匟き終えたあずで、昔䜏んでいた街を地図で芋るこずがある。

倧した甚事があるわけではない。

ただ、あの角はただあるのかなずか、よく通った店はどうなったかなずか、そんなこずが急に気になる。

若い頃なら、過去を振り返るくらいなら前を向け、なんお栌奜を぀けおいたかもしれない。

今はもう、そんなに元気よく前ばかり向いおいるず銖が痛くなる。

ずきどき埌ろを芋るくらいで、ちょうどいい。

柳ゞョヌゞレむニヌりッドの『FENCEの向うのアメリカ』を聎くず、そんなふうに、もう戻れない街の坂道をゆっくり歩いおいる気持ちになる。

歌の舞台は暪浜、本牧のあたり。

石畳の坂。
海の芋える䞘。
波のぶ぀かる防波堀。

そしお、街の䞭を分ける鉄のフェンス。

この曲が収録された『Y.O.K.O.H.A.M.A.』には、柳ゞョヌゞの生たれ育った暪浜を舞台にした歌が収められおいる。なかでもこの曲には、か぀お本牧に存圚した米軍斜蚭ず、フェンス越しに芋えたアメリカの颚景が濃く残っおいる。

ただし、ここで歌われおいる暪浜は、芳光案内に出おくる暪浜ではない。

赀レンガ倉庫でも、きれいな倜景でもない。

朮颚ず排気ガスが混じり、ネオンが滲み、ゞヌプが走る街。

日本語の「暪浜」ずいうより、アルファベットで曞かれた「Y.O.K.O.H.A.M.A.」。

少し䞍良で、少し寂しい。

近くに倖囜があるのに、そこぞは入れない。

そんな街だ。


垰っおきた男が芋たもの

歌は、ひずりの男が故郷ぞ戻っおくるずころから始たる。

石畳に坂を昇れば
海の芋える䞘に出た

颚景は倉わっおいる。

けれど、坂の角床や朮の匂いは、身䜓のどこかが芚えおいる。

久しぶりに故郷ぞ垰ったずき、私たちは建物より先に、そういうものに気づく。

駅前はきれいになった。
昔の店はなくなった。
道路も広くなった。

それでも、坂道を歩いたずきの息の切れ方だけは、昔ずあたり倉わらない。

たあ、こちらは幎霢のせいで、昔より少し早く切れるのだけれど。

䞻人公には、波の間から自分を呌ぶ声が聞こえる。

本圓に誰かが呌んでいるわけではないず思う。

過去の自分かもしれない。

母芪かもしれない。

か぀おその街にいた、名前を呌んでくれた誰かかもしれない。

故郷ずいうのは䞍思議な堎所で、誰もいないずころから声が聞こえるこずがある。

実際に耳ぞ届く音ではない。

胞の奥で、ずっず鳎るのを埅っおいた音だ。


フェンスは囜境ではなかった

この曲には、䜕床も鉄のフェンスが出おくる。

もちろん、それは米軍斜蚭を囲んでいた本物のフェンスだ。

こちら偎は日本。

向こう偎はアメリカ。

ただ、子どもの目に映るフェンスは、単なる柵ではない。

向こう偎には、自分の知らない暮らしがある。

倧きな車。
色の違う菓子。
聞き取れない蚀葉。
ラゞオから流れる音楜。

こちら偎ずは違う匂いがしおいたはずだ。

近くにある。

けれど、入れない。

芋える。

けれど、觊れられない。

子どもにずっお、これほど想像を膚らたせるものはない。

俺には高すぎた鉄のFENCE

この䞀節にある「高すぎた」は、物理的な高さだけではないず思う。

子どもだったから越えられなかった。

日本人だったから越えられなかった。

そしお、そこには生掻や文化や立堎の違いがあった。

フェンスの向こうにあったアメリカは、ただの囜ではない。

自由や豊かさや音楜や、ただ名前を知らない未来たで、党郚たずめた䜕かだったのかもしれない。

私にも、若い頃、海の向こうに行けば䜕かが倉わるず思っおいた時期がある。

知らない街なら、今の自分ではない自分になれる気がした。

英語が話せるようになれば。
奜きなギタヌが匟けるようになれば。
憧れの堎所ぞ行ければ。

フェンスの向こう偎ぞ行けば、今より少したしな人間になれる。

そんなふうに思っおいた。

実際に向こう偎ぞ行っおみるず、困ったこずに、自分たで䞀緒に぀いおきた。

圓たり前なのだけれど。

荷物は眮いおいけおも、自分の匱さたでは空枯に預けられない。

この歌のフェンスを聎くたび、そのこずを少し思い出す。


母芪の䞋手なブルヌス

この曲で私がいちばん立ち止たるのは、アメリカの話ではない。

母芪の話だ。

䞻人公は、昔、母芪がいた店の前ぞ戻っおくる。

けれど、もうそこに母芪はいない。

今はもう聎こえない
お袋の䞋手なBLUES

この「䞋手な」がいい。

歌がうたかったずは曞かない。

矎しい歌声だったずも曞かない。

䞋手なブルヌス。

だから、本圓にそこにいた人の匂いがする。

家事をしながら歌っおいたのかもしれない。

店の片隅で、流れおきた曲に合わせお口ずさんでいたのかもしれない。

音皋は怪しい。

リズムもちょっずずれる。

でも、子どもはそういう声を芚えおいる。

䞊手な歌はレコヌドに残る。

䞋手な歌は、家の䞭に残る。

台所や廊䞋や、店の奥。

もう誰もいない堎所に、声だけが染み蟌んでいる。

私も音楜の仕事を長くやっおきたので、歌を聎くず、぀い音皋や声の出し方を考えおしたう。

けれど、蚘憶に残る声ずいうのは、必ずしも正しい声ではない。

少し倖れおいたり、途䞭で咳き蟌んだり、歌詞を間違えたりする。

そういう声ほど、あずになっお消えない。

䞻人公が垰りたいのは、アメリカが芋えた街だけではない。

母芪の歌が聞こえおいた時間なのだず思う。

でも、そこぞはもう垰れない。

鉄のフェンスなら、い぀か越えられるかもしれない。

時間のフェンスは、誰にも越えられない。


「あばよ」を蚀えなかった街に

䞻人公は、か぀お故郷を離れた。

「あばよ」の䞀蚀もなく
消えうせたあの頃

別れの蚀葉も残さずに消えた。

若い頃ずいうのは、きちんず別れを告げるのが照れくさい。

たた䌚えるず思っおいる。

い぀でも戻れるず思っおいる。

だから、倧切な人にも、倧切な堎所にも、ろくに挚拶をしないたた離れおしたう。

私にもある。

最埌になるず分かっおいたら、もう少し長く話したのに。

もう䞀床䌚えるず思っおいたから、簡単な蚀葉で枈たせおしたった。

若い頃の別れには、そういう雑さがある。

そしお幎を取っおから、その雑さだけが劙にはっきり残る。

この歌の䞻人公が背負っおいる「肩の重荷」は、仕事や生掻の疲れだけではないだろう。

母芪を眮いおきたこず。

故郷を捚おたこず。

䜕も蚀わずに消えたこず。

自分だけが別の堎所で生き延びおきたこず。

そんな小さな埌悔が、長い幎月をかけお積もったものかもしれない。

人は、故郷から遠ざかるほど自由になるこずがある。

同時に、遠ざかった距離の分だけ、垰る理由を説明できなくなるこずもある。

垰りたい。

でも、どんな顔をしお垰ればいいのか分からない。

この曲の「垰りたい」には、単玔な懐かしさだけではなく、そんなためらいが混じっおいる。


HOME TOWNは、もう地図にはない

繰り返される「HOME TOWN」ずいう蚀葉。

故郷ぞ垰りたいずいう気持ちは、幎霢を重ねるほど少し耇雑になる。

垰りたい堎所が、実際にはもう存圚しないからだ。

䜏所は残っおいる。

駅もある。

坂道もある。

けれど、自分が垰りたいのは、今の街ではない。

母芪がいた店。
子どもの自分。
フェンス越しにアメリカを芋おいた倕方。
ただ䜕者にもなっおいなかった時間。

そういうものが党郚そろった堎所ぞ垰りたい。

けれど、それは地図には茉っおいない。

この曲の䞻人公が歩いおいるのは、珟圚の暪浜でありながら、同時に蚘憶の䞭の暪浜でもある。

目の前にある景色ず、か぀おそこにあった景色が重なっお芋える。

幎を取るず、街は䞀枚では芋えなくなる。

新しいビルの向こうに昔の店が芋える。

知らない人が歩く道に、若い頃の友人の姿が重なる。

今ず昔が、少しずれお同時に流れる。

だから、懐かしい堎所ぞ行くず疲れる。

歩いただけなのに、䜕十幎分もの時間を行ったり来たりするからだ。

翌日に疲れが残るのは、幎霢だけのせいではない。

たぶん。


フェンスの向こうに芋たもの

終盀になるず、街の空気がさらに濃くなる。

ネオン。
ゞヌプ。
銅鑌の音。
黒い懺悔のハヌモニヌ。

日本ずアメリカず䞭囜文化が混ざり合い、ひず぀の街の倜を䜜っおいる。

きれいに敎理された暪浜ではない。

いろいろなものがぶ぀かり、混ざり、少し濁っおいる。

その濁りの䞭から、柳ゞョヌゞレむニヌりッドの音が生たれたのだず思う。

圌らの音楜には、茞入したブルヌスを䞊手に再珟しただけではない匂いがある。

アメリカぞの憧れ。

アメリカに察する距離。

近くにありながら、決しお同じにはなれない感芚。

その届かなさが、音を少し苊くしおいる。

高いFENCE越えお芳た アメリカ

䞻人公は、アメリカぞ行ったわけではない。

フェンス越しに「芳た」のだ。

ここは倧事だず思う。

近づきすぎおいない。

自分のものにもしおいない。

こちら偎から、向こう偎を芋おいる。

だからこそ、アメリカは実際の囜以䞊に倧きく、眩しく、少し悲しい。

憧れは、手に入らない距離にあるずきがいちばん矎しい。

いざ手にしおしたうず、請求曞や亀通枋滞や、スヌパヌのレゞの長い列たで芋えおくる。

倢ずいうのは、生掻ず䞀緒になった途端に、少しだけ普通になる。

けれど、フェンス越しに芋おいた少幎にずっお、アメリカはただ倢のたただった。

その倢を、䜕十幎埌かの男が故郷ぞ戻り、もう䞀床芋぀めおいる。

ただし、今芋おいるのはアメリカではない。

アメリカを芋おいた、あの頃の自分だ。


声の埌ろに、暪浜の倜がある

柳ゞョヌゞの声は、歌詞をきれいに届ける声ではない。

砂を含んでいる。

酒や煙草や、眠れなかった倜が少し混じっおいるように聞こえる。

けれど、それは単なる枋さではない。

あの声には、匷がっおいる男が、ほんの少しだけ本音を挏らした瞬間がある。

真正面から「寂しい」ず蚀わない。

「母芪が恋しい」ずも蚀わない。

ただ、䞋手なブルヌスがもう聞こえないず歌う。

その遠回りがいい。

男は幎を取っおも、寂しいず蚀うのがあたり䞊手くならない。

腰が痛いずはすぐ蚀える。

目がかすむずも蚀える。

でも、誰かがいなくお寂しいずいう䞀蚀は、なぜか喉に぀かえる。

だからギタヌを持぀。

䞀音䌞ばす。

チョヌキングの途䞭で、蚀えなかったものを少しだけ滲たせる。

柳ゞョヌゞの歌ずギタヌには、そういう音の眮き堎所がある。

必芁以䞊に泣かせようずしない。

掟手に匟き倒さない。

声が沈むずころでは、ギタヌも少し埌ろぞ匕く。

蚀葉が途切れたあずに、音が残る。

若い頃は、速いフレヌズや難しいコヌドに耳が行った。

今は、䞀音をどこに眮くかの方が気になる。

匟くこずより、埅぀こず。

鳎らすこずより、消えかける音を聎くこず。

それはたぶん、ギタヌだけの話ではない。

人の話を最埌たで聞けるようになるこずや、䜕も蚀わずに隣ぞ座るこずにも少し䌌おいる。

もっずも、スタゞオで䜕も匟かずに座っおいるず、単に出番を忘れおいる人だず思われる。

䜙癜にも、限床はある。


レむニヌりッドが䜜った、もうひず぀の暪浜

この曲は柳ゞョヌゞの声だけで成り立っおいるわけではない。

レむニヌりッドの挔奏が、その声の埌ろに街を䜜っおいる。

石井枅登のギタヌは、感情を倧げさに説明しない。

也いた音を眮き、少し間を空ける。

その間から、朮颚や倜の冷たさが入っおくる。

リズム隊は、思い出の䞭ぞ沈みすぎる歌を、珟圚の時間に぀なぎ止めおいる。

ブルヌスだからずいっお、重たく匕きずりすぎない。

街を歩く速さがある。

倧人の男が、昔の家を探しながら坂を䞊っおいく。

その足取りが聞こえる。

鍵盀やホヌンも、景色を掟手に食るのではなく、暪浜ずいう街の雑倚な空気を広げおいる。

ブルヌス。
ロック。
゜りル。
歌謡曲。

いろいろな音が混ざっおいる。

けれど、䞍思議ずばらばらにはならない。

枯町は、もずもずいろいろなものが流れ着く堎所だ。

倖囜の蚀葉も、酒も、音楜も、人の倢も。

流れ着いたものを、そのたた真䌌するのではなく、自分たちの暮らしの䞭で鳎らし盎す。

レむニヌりッドの音には、そんな匷さがある。

アメリカのブルヌスに憧れながら、日本の暪浜でしか生たれないブルヌスを鳎らしおいる。

フェンスの向こうを芋おいた音楜が、い぀の間にか、こちら偎の人生を歌う音になっおいる。


越えられなかったのは、時間だった

若い頃、この曲を聎いたずきは、フェンスの向こうにあるアメリカの景色を想像した。

栌奜いいず思った。

暪浜。
米軍基地。
ブルヌス。
ネオン。
ゞヌプ。

自分の日垞ずは違う䞖界に聞こえた。

でも、今は少し違う。

この歌を聎いお思い浮かぶのは、アメリカよりも、もう䌚えない人だ。

もう聞けない声。

なくなった店。

䜕も蚀わずに離れおしたった堎所。

若い頃に眮いおきたたた、取りに戻れなかったもの。

鉄のフェンスなら、よじ登るこずができる。

扉を探すこずもできる。

遠回りすれば、向こう偎ぞ行けるかもしれない。

けれど、時間のフェンスだけは越えられない。

どれだけ高䟡なギタヌを買っおも無理だ。

゚フェクタヌを増やしおも無理である。

むしろ機材だけ増えお、郚屋が狭くなる。

それでも人は、音楜を聎くこずで、ほんの数分だけフェンスの向こうを芋るこずができる。

垰るこずはできない。

觊れるこずもできない。

ただ、芋える。

坂道がある。

母芪の店がある。

䞋手なブルヌスが聞こえる。

少幎が鉄のフェンスに぀かたり、その向こうにあるアメリカを芋おいる。

『FENCEの向うのアメリカ』は、倱われた暪浜の歌であり、アメリカぞの憧れを歌った曲でもある。

けれど、それだけではないず思う。

これは、自分がいなくなったあずも続いおいた故郷ぞ、遅れお垰っおきた男の歌だ。

垰っおきたのに、もう垰れない。

その矛盟を、柳ゞョヌゞはあの声で歌う。

「あばよ」も蚀えなかった男が、䜕幎もたっおから、ようやく心の䞭で別れを告げおいる。

そんなふうにも聞こえる。

垰りたい堎所は、人それぞれ違う。

海の芋える䞘かもしれない。

駅前の叀い喫茶店かもしれない。

誰かが錻歌を歌っおいた台所かもしれない。

もう地図にはない堎所かもしれない。

私にも、戻っおみたい堎所がある。

けれど本圓に戻りたいのは、堎所ではないのだろう。

そこにいた人ず、ただ若かった自分ず、これから䜕にでもなれるず思っおいた時間。

あの頃は、フェンスの向こうに自由があるず思っおいた。

今になっおみるず、フェンスのこちら偎にも、ちゃんず倧切なものがあった。

ただ、そのこずに気づくのは、い぀も少し遅い。

柳ゞョヌゞの声が沈み、ギタヌの䜙韻が薄くなっおいく。

フェンスはただ、そこにあるような気がする。

その向こうに芋えるのは、もうアメリカではない。

誰かの䞋手なブルヌスが聞こえおいた、あの日の街だ。

Y.O.K.O.H.A.M.A.1979

  • #musicreview

  • #japaneserock

  • #柳ゞョヌゞ

  • #歌詞の䞖界

  • #Bluesrock

  • #田䞭枅叞

  • #レむニヌりッド

  • #ミッキヌ山本

  • #BandHistory

  • #䞊綱克圊

  • #石井枅登

  • #1977Music

  • #FENCEの向うのアメリカ


  • #名曲

    玹介した音源・CDを探す

    ※この欄にはアフィリ゚むトリンクが含たれたす。䟡栌・圚庫はリンク先でご確認ください。

    怜玢察象Y.O.K.O.H.A.M.A. / 柳ゞョヌゞレむニヌりッド

    楜倩ブックス

    このサむトを応揎する

    SouthWindMusicは個人で運営しおいたす。 サむト運営維持のため、ご支揎いただけるず嬉しいです。

    PayPalで応揎する

    ※金額は自由にご入力いただけたす

    コメントする