🎸 おじさんギタリストシリーズ#58 到着ロビーで昔の自分に会った 編

音楽とは、まったく関係のない話を書いてみたい。

いや、最初にそう言っておかないと、また結局ギターの話になる気がする。
自分でもわかっている。

何を書いても、最後は音に寄っていく。
料理の話をしても音。
翻訳の話をしても音。
出張の話をしても、たぶん音。

困ったものである。

でも今回は、本当に仕事の話だ。

台北・桃園空港から香港へ。
そして香港からシンガポールへ。

台北・桃園 TPE 10:50発。
香港 HKG 13:00着。
香港 HKG 15:05発。
シンガポール SIN 19:05着。

文字にすると、なんだかきれいに並んでいる。

でも実際の移動というものは、そんなに整っていない。
搭乗口を探す。
時計を見る。
パスポートを確認する。
荷物を持ち直す。
メールを読む。
返信する。
また時計を見る。

そしてなぜか、さっき確認したはずの搭乗口をもう一度確認する。

おじさんの空港移動は、確認作業の多重録音である。

この日は仕事で、香港とシンガポールで打合せと通訳業務があった。

ちょうど良い便があった。
香港で約三時間ほどのトランジット時間が取れる。

ただ、今回は空港内でぼんやり過ごすだけではなかった。
香港にいったん入境して、到着ロビーの一般エリアで人と会う形になった。

トランジットというより、短い滞在。
滞在というより、少しだけ香港に挨拶をしに行くような時間だった。


香港の空港というのは、いつも少し不思議な気持ちになる。

移動する人たちの流れが速い。
案内表示も多い。
いろいろな言葉が耳に入ってくる。

英語。
広東語。
中国語の標準語らしき響き。
日本語らしきもの。
どこの言葉かわからないけれど、急いでいる声。

空港は、言葉の交差点みたいな場所だと思う。

通訳の仕事をしていると、空港にいるだけで少し神経が起きる。
まだ仕事の場ではないのに、耳だけ先に仕事を始める。

あの声は困っているのか。
あの人は急いでいるのか。
あの言い方は怒っているのか、それともただ早口なだけなのか。

そんなことを、勝手に聞いてしまう。

ギターを持っていないのに、耳だけチューニングしている感じがある。

香港では、知人と会った。

一般エリアの到着ロビーで会うというのも、どこか少し面白かった。
ちゃんとした会議室ではない。
カフェでもない。
空港の中の、人が通り過ぎていく場所。

でも、そういう場所の方が、かえって話が柔らかくなることがある。

その人とは、以前から少しつながりがあった。
そして話しているうちに、こんなことを言われた。

「そういえば、あなたがギタリストだって聞いていますよ」

一瞬、固まった。

仕事で来ている。
通訳の仕事である。
資料もある。
確認事項もある。
こちらとしては、かなり仕事の顔をしているつもりだった。

そこへ急に、ギタリストの自分が呼ばれる。

しかも、その話はアメリカ滞在時の共通の友人から聞いたという。

こういう時、人は少し照れる。

「いや、まあ、一応……」

みたいな、非常に歯切れの悪い返事になる。

一応とは何だ。
何十年も弾いているのに、一応も何もない。

でも、真正面から「はい、私はギタリストです」と言うのも、なんだか少し恥ずかしい。

ステージでは音を出せるのに、日常で自分のことを説明するのは妙に難しい。

ギターの音なら出せる。
でも「自分は何者か」と聞かれると、急に音が詰まる。

変な話である。

その知人とは、少し音楽の話になった。

仕事の合間の、ほんの短い時間だった。
深い音楽談義というほどではない。
でも、共通の友人を通して、アメリカにいた頃の自分と、今ここにいる自分が少しつながったような気がした。

香港の到着ロビーで、昔のアメリカの記憶が顔を出す。

距離感がおかしい。

台北から香港へ来て、これからシンガポールへ向かう途中で、アメリカ時代の話をしている。

地図の上ではかなり遠い。
でも、人の記憶の中では、意外と近いところに置かれている。

そういう瞬間がある。

音楽というのは、直接鳴っていなくても、人の中に残っているのだと思う。

私はその時、ギターを持っていなかった。
音も出していなかった。
ただ仕事の移動中に、空港で人と会っていただけだ。

それなのに、誰かの口から「ギタリスト」という言葉が出る。

不思議だった。
嬉しかった。
そして、少しだけ背筋が伸びた。

変なことはできないな、と思った。

いや、別に普段から変なことをしているつもりはない。
ないのだが、過去の自分を知っている人の話が出ると、少しだけ姿勢がよくなる。

おじさんには、そういう見えない支柱が必要なのかもしれない。


香港での時間は長くなかった。

約三時間のトランジット滞在。
入境して、人と会って、話をして、また出発へ向かう。

短い。

でも、短い時間ほど、妙に残ることがある。

ライブでもそうだ。
一曲だけのセッション。
短いリハーサル。
たまたま合わせた数分。

長い時間をかけたものとは別の残り方をする。

香港の到着ロビーでの会話も、そんな感じだった。

慌ただしい場所で、少しだけ立ち止まる。
仕事の話をしているのに、昔の音楽の話が混じる。
これからまた別の国へ移動するのに、その場だけ少し時間がゆるむ。

こういう時間は、あとで思い出す。

大きな出来事ではない。
人生を変えるような話でもない。

でも、移動の中に小さな印がつく。

「あの時、香港であんな話をしたな」

そういう記憶が、あとから自分の中で少しだけ光る。

私はまた出国へ向かった。

搭乗口へ向かう途中、少しだけぼんやりしていた。

香港の空港は広い。
人も多い。
時間も気になる。

それなのに、頭の中ではさっきの会話がまだ残っていた。

ギタリストだって聞いていますよ。

その一言が、妙に残っていた。

仕事で動いている自分。
通訳として動いている自分。
そして、どこかでずっとギターを弾いてきた自分。

どれか一つだけが本当なのではない。
全部、自分なのだと思う。

若い頃なら、もっと「自分はギタリストだ」と強く言いたかったかもしれない。

今は少し違う。

仕事もする。
翻訳もする。
通訳もする。
生活もある。
移動もある。
疲れもある。

その中に音楽とギターがある。

中心にある日もあれば、少し後ろにいる日もある。
でも、消えてはいない。

そういう感じが、今の自分には近い。


シンガポールに着いたのは夜だった。

SIN 19:05着。

到着時間だけ見ると、まだ動けそうに見える。
でも実際には、朝からの移動と香港での入境、打合せ、また移動がある。

おじさんの体力メーターは、表示より減っている。

スマホのバッテリーで言えば、まだ38パーセントあるように見えて、急に14パーセントまで落ちるタイプである。

シンガポールでも仕事があった。

打合せと通訳業務。
言葉を聞いて、意味を取り、相手に渡す。

この作業は、簡単に見える時ほど気をつけないといけない。

言葉は、正確ならそれでいいというものでもない。
もちろん正確さは必要だ。
そこを外したら仕事にならない。

でも、同じ内容でも、どのくらいの強さで伝えるかで、相手の受け取り方は変わる。

少し柔らかくする。
でも弱くしすぎない。
はっきり言う。
でも角を立てすぎない。

そういう調整がある。

ギターのバッキングと似ている。

前に出ればいいわけではない。
引けばいいわけでもない。
その場の空気の中で、ちょうどいい場所を探す。

この日は、シンガポールで中堅層の知人と会う機会があった。

立場としては、若手でもなく、上の世代でもない。
現場を知っていて、責任もあり、人との間に立つことも多い。
そういう年代の人だった。

その人のふるまいに、少し印象に残る瞬間があった。

日本ではあまり大げさには行われないような、ふとした優しさ。

何か特別なことをされたわけではない。
大げさな親切でもない。
こちらが恐縮するようなことでもない。

ただ、こちらの状態をちゃんと見てくれていた。

少し疲れていること。
移動が続いていること。
言葉の仕事で神経を使っていること。

そういうものを、言葉にしなくても少しわかってくれている感じがあった。

そのうえで、さりげなく気を配ってくれる。

たとえば、次の動線を少し楽にしてくれる。
こちらが言う前に確認してくれる。
会話の中で、こちらが無理に合わせすぎないように、少し場を整えてくれる。

そういう優しさだった。

派手ではない。
でも、効く。

ルーローハンの時にも書いた気がするが、こういうものに私は弱い。

前に出すぎない。
でも確かに支えている。

音で言えば、低いところで鳴っているギターみたいなものだ。

聴いている時には目立たない。
でも、それが消えると急に不安になる。

その人の優しさは、そういう感じだった。


海外で仕事をしていると、日本との違いを強く感じることがある。

もちろん、国でひとまとめにするのは危ない。
香港だからこう。
シンガポールだからこう。
日本だからこう。

そんな簡単な話ではない。

人は一人ずつ違う。
場所も、立場も、状況も違う。

ただ、それでも、ふとした瞬間に「ああ、この感じは日本ではあまり見ないな」と思うことがある。

距離の取り方。
気遣いの出し方。
確認の仕方。
相手を助ける時の自然さ。

日本にも優しさはある。
それは間違いない。

でも、日本では優しさが遠慮の中に隠れすぎることがある。
「迷惑にならないように」という気持ちが強くて、逆に手が出せないこともある。

一方で、その時のシンガポールの知人は、必要な分だけ自然に手を出してくれた。

押しつけがましくない。
でも、見て見ぬふりもしない。

その距離感が、妙に心に残った。

私は、そういうことに弱くなった。

若い頃なら、もっと仕事の成果とか、打合せの内容とか、移動の効率とか、そういうものばかり見ていた気がする。

もちろん、それは今でも大事だ。

仕事なのだから、ちゃんとやる。
通訳なら、正確に受け渡す。
翻訳なら、言葉を磨く。
打合せなら、目的を外さない。

そこは外せない。

でも、年齢を重ねると、それ以外のものも残るようになる。

誰かがこちらを少し待ってくれたこと。
さりげなく席を選んでくれたこと。
言葉の強さを調整してくれたこと。
こちらが疲れているのを、見なかったふりではなく、ちゃんと見たうえで普通に接してくれたこと。

そういうものが、あとから残る。

大きな親切ではない。
だからこそ、残る。

ドラマの名場面みたいなものではなく、日常の中でスッと置かれた一音。

そういう優しさは、あとで効いてくる。

まるで、曲の途中で一瞬だけ鳴るコードみたいだ。
その時は通り過ぎる。
でも、なぜか曲全体の印象を変えている。


この出張は、音楽とは関係がなかった。

台北から香港へ。
香港からシンガポールへ。

仕事。
打合せ。
通訳。
移動。
確認。
また移動。

どこにもライブはない。
どこにもステージはない。
ギターソロもない。

でも、あとから思い出すと、やっぱり音に似ている。

香港の到着ロビーで聞いた、共通の友人の話。
「ギタリストだって聞いていますよ」という一言。

シンガポールで触れた、さりげない優しさ。
押しつけないけれど、ちゃんと見ていてくれる感じ。

それらは全部、音楽とは関係ない。

でも、人との距離感は、音の距離感に似ている。

近すぎると、少し苦しい。
遠すぎると、届かない。
強すぎると、相手を押してしまう。
弱すぎると、消えてしまう。

ちょうどいい場所を探す。

私は、仕事でもそれをやっているのだと思う。
そして、ギターでも同じことをやっている。

たぶん昔より、そういうことに敏感になった。

若い頃は、もっと前に出たい音ばかり探していた。
今は、誰かの邪魔をしない音にも惹かれる。

人の優しさも同じだ。

大きく助けてくれる優しさもありがたい。
でも、こちらが自分で立っていられるように、少しだけ支えてくれる優しさもある。

その方が、あとから深く残ることがある。

香港とシンガポールで、そんなことを思った。

出張は疲れる。
移動も疲れる。
空港で何度もパスポートを確認する自分にも少し疲れる。

しかも、確認したあとに、また確認する。

あれは何なのだろう。

でも、その疲れの中で、人との小さなやり取りが残る。

ほんの短い会話。
さりげない気遣い。
昔の自分を知っている誰かの話。
今の自分を少し見てくれている人の態度。

そういうものが、帰ってからじわっと効いてくる。

ギターを弾いたわけではない。
でも、どこかで自分の音に戻ってくる。

音楽とは全く関係のない話を書くつもりだった。

でも、やっぱり少しだけ音の話になってしまった。

まあ、仕方がない。

おじさんギタリストというのは、そういう面倒な生き物なのだと思う。

仕事で移動していても、空港で人と会っていても、誰かの優しさに触れていても、どこかで音のことを考えている。

そしてたぶん、そういう時間があとからギターに混ざる。

香港の到着ロビー。
シンガポールの小さな優しさ。
台北から続いた移動の疲れ。

全部、直接の音ではない。

でも、今の私の中では、どこかで鳴っている。

それでいい気がする。

結局、今回も音楽の話があちこちにちりばめられていました……。

まあ、それも私らしいということで。笑🎸

  • #旅の記憶

  • #時間の流れ

  • #音楽と人生

  • #昔の自分

  • #それでも続ける

  • #CrowdedHouse

  • #50代ギタリスト

  • #NeilFinn

  • #空港の風景

  • #TimFinn

  • #lastonestanding

  • #mademyday

  • #おじさんギタリストシリーズ58

  • #到着ロビーで昔の自分に会った編

  • #TransitLounge

  • #PeopleAreLikeSuns


  • #音楽エッセイ

    紹介した音源・CDを探す

    ※この欄にはアフィリエイトリンクが含まれます。価格・在庫はリンク先でご確認ください。

    このサイトを応援する

    SouthWindMusicは個人で運営しています。 サイト運営維持のため、ご支援いただけると嬉しいです。

    PayPalで応援する

    ※金額は自由にご入力いただけます

    コメントする