作詞:Paul Waaktaar-Savoy
作曲:Paul Waaktaar-Savoy / Magne Furuholmen
収録アルバム:Hunting High and Low(1985)
プロデュース:Alan Tarney
◆ “Take On Me”の向こう側にあった、もうひとつのa-haの本質
a-haと聞いて、まず思い浮かぶのは「Take On Me」だろう。
シンセポップの象徴、あのビデオ、あの高音。
だが、おじさんギタリストとして正直に言うと、
a-haというバンドの“心臓”が最もはっきり聴こえるのは、
この「Hunting High and Low」だと思っている。
派手さはない。
ダンスフロア向けでもない。
それでも、この曲には“生身の感情”がある。
◆ ギタリストの耳で聴くと見えてくる、意外なアコースティック感
a-ha=シンセ、という先入観を持っていると、
この曲の構造には少し驚かされる。
コード進行は極めてシンプル。
ギターで弾くと、驚くほど素直だ。
Am を基調に、
F、G、Dm といった“歌を支えるためのコード”が丁寧に並ぶ。
決してコードで感情を煽らない。
だからこそ、
Morten Harket の声が、旋律そのものとして前に出る。
ギター的には“弾き語りが成立する曲”。
おじさんになってから、
夜中に小さな音で爪弾くと、
この曲の本当の良さがようやく分かる。
◆ 歌詞は「追いかける男」の歌ではない
タイトルだけを見ると、
「探し続ける」「追い求める」という、
いかにも情熱的なラブソングに見える。
だが、歌詞をよく読むと、
これは “すでに失いつつある愛” を描いた歌だ。
“Here I am, and within the reach of my hand she’s sound asleep”
「ここにいる僕の手の届く距離で、彼女は眠っている」
物理的な距離は近い。
だが、心の距離は、すでに遠い。
“And I watch her slipping away”
「彼女が遠ざかっていくのを、ただ見ている」
この一行に、この曲のすべてがある。
◆ “High and Low”という言葉の残酷さ
サビで繰り返されるフレーズ。
“I’ll be hunting high and low”
「高く、低く、(必死に)探し続ける」
これはロマンチックな誓いではあるが、
同時に 終わりがないことの宣言 でもある。
“There’s no end to the lengths I’ll go to”
「どこまででも行く。限界なんてない」
愛するがゆえに、
自分をすり減らすことも厭わない。
後半では、それがよりはっきり言葉になる。
“Watch me tearing myself to pieces”
「自分がズタズタになっていくのを見てくれ」
ここまで来ると、
これはもはや“甘い愛の歌”ではない。
◆ Morten Harket の声が持つ「清潔すぎる悲しみ」
Morten Harket の声は、
高く、澄んでいて、汚れがない。
だがその美しさが、
この曲では逆に 悲しみを際立たせる。
叫ばない。
泣き崩れない。
ただ、まっすぐに歌う。
だからこそ、
感情が“滲む”のではなく、“透けて見える”。
ギタリスト的に言えば、
これは歪みではなく、
クリーントーンで泣かせる曲 だ。
◆ おじさんになってわかる、この曲の重み
若い頃は、
「一途でロマンチックな歌」だと思っていた。
だが年を重ねると、
この曲はこう聴こえてくる。
「それでも追いかけてしまう人間の、どうしようもなさ」。
愛は、
必ずしも報われない。
努力が結果に直結するわけでもない。
それでも、
人は探してしまう。
高くても、低くても。
◆ 総評:a-haは“繊細なバンド”だった
a-haは、
80年代の華やかなシンセポップの文脈で語られがちだ。
だが「Hunting High and Low」を聴くと、
彼らが本質的には とても繊細で、内省的なバンド だったことがわかる。
・派手なアレンジを避け
・歌を最前線に置き
・感情を押し付けない
この曲は、
そんなa-haの“静かな核”だ。
ギターを抱えたおじさんが、
夜中にこの曲を弾くとき、
そこにあるのは懐かしさではない。
今も続いている感情 だ。
探し続けること。
諦めきれないこと。
それでも歌ってしまうこと。
a-haは、この曲で、
それをとても美しく残してくれた。

