運も実力も、まだ追いついていなかったあの頃
振り返ると、若い頃の私はまだ未完成だった。
実力も、知識も、そしてたぶん運の使い方も、
色々足りていなかった。
それでも「いける」と思っていた。
根拠はなかったけれど、若さというのはそういうものだ。
足りないことよりも、前に出たい気持ちのほうが強かった。
ロサンゼルスに行ったのも、その延長だ。
ギター一本で何とかなると思っていた。
実際は、何とか“なった”わけではない。
でも、何ともならない中で、たくさんのことを覚えた。
スタジオの冷房の冷たさ。
終わらない「ワンモア」。
帰り道のやけに広い夜空。
あの頃は、すべてが自分を試しているように感じていた。
運がなかったのか。
実力が足りなかったのか。
今なら思う。
まだ途中だったのだ。
機材に夢中になり、
耳が衰えたと焦り、
それを“深化だ”と言い直し、
体調に左右され、
身内の前で一番緊張し、
動画の自分を見て苦笑いする。
完璧ではない歩み。
でも、止まらなかった。
どれも大きな成功はない。
失敗も多かった。
けれど小さな積み重ねは、ちゃんと音に残る。
若い頃は未来を急いでいた。
早く形にしたかった。
早く認められたかった。
今は少し違う。
今日の一音を確かめる。
昨日より少しだけ深く置けるかを考える。
運も実力も、まだ追いついていなかったあの頃。
でも、その未完成さがあったから、
今もこうしてギターを持っている。
音楽は、完成形になるものじゃないのかもしれない。
続いていることそのものが、もう音楽なのだと思う。
声が前より出なくても。
指が思うように動かなくても。
若い頃なら焦っただろう。
でも今は、少しだけ笑える。
音は、うまく鳴らすものではなく、
鳴らし続けるもの。
速さよりも、
高さよりも、
呼吸と一緒に置けるかどうか。
それだけで十分だ。
最後に。
私が本気で音楽をやろうと思ったきっかけのひとつが、
1986~1987年にヒットした
CROWDED HOUSEの「Don’t Dream It’s Over」だった。

初めて聴いたとき、大げさでもなく、派手でもないのに、
なぜこんなに心に残るのか分からなかった。
ただ、ギターの穏やかなストロークが静かに鳴り、
低音がゆっくりと支え、ハモンドオルガンが空気を揺らす。
派手さはない。でも、嘘がない。
この曲を書いたのは、
メロディメイカーとして天才的な感性を持つNeil Finn。
複雑にしないことで深く届かせる、そのソングライティングの力に、
私は完全にやられたのだと思う。
若い頃の私は、速く弾けることや難しいフレーズに憧れていた。
でもこの曲は、「音の置き方」だけで心を動かせると教えてくれた。
私にとってのオリジンソングだ。
だから今回、エレアコとアップライトベース、
そしてハモンドオルガンだけの編成で、
ずっと以前に録ったバージョンをアップします。
厚いコーラスも、壮大な展開もない。
でも今の私には、この編成がちょうどいい。
夢が終わるな、というより、
夢は形を変えながら続いていくものなのだと思う。
声が前より出なくても、
指が前ほど動かなくても、
原点の音は変わらない。
静かに、しぶとく、
これからも鳴らしていきます。 🎸
