クレジット
作詞:谷村新司
作曲:谷村新司
収録:シングル「冬の稲妻」B面(1977)
レーベル:Express / 東芝EMI
■ 誰にも見られていないはずの時間を、見ていたもの
アリスの1977年は、
まさに飛躍の直前だった。
「冬の稲妻」で一気に名前が広がり、
フォークからロックへと
音の輪郭を広げていった時期。
そのB面に置かれたこの曲は、
派手さも、勢いもない。
でも、だからこそ残る。
「街路樹は知っていた」は、
誰にも語られない日常を、
誰にも聞かれないまま置いていく歌だ。
■ 人影のない駅で
人影も 見えない駅の
椅子にそっと寝ころんで
煙草を吸ってみた
何も起きていない。
ただ、誰もいない駅で、横になって煙草を吸う。
でもこの「何もなさ」が、
すでに何かを物語っている。
誰かに見られる必要もなく、
何かを演じる必要もない場所。
孤独が、ようやく静かに座れる場所。
■ 街の灯りの問い
街の灯が ともり始めて
こんな私に問いかける
淋しくはないかと
灯りが問いかける。
本当は、
自分が自分に問いかけている。
淋しいかどうかなんて、
もう分かっているのに。
それでも言葉にしてしまうのは、
まだ完全には諦めきれていないからだ。
■ それでも残るもの
夢だけは失くしてない
たとえ今日が 悲しい日でも
この一行があるから、
この曲は崩れない。
すべてを失ったわけじゃない。
まだ“夢”だけは残っている。
ただしそれは、
力強い希望ではなく、
かろうじて手放していないものだ。
■ 子供の手のぬくもり
手をつなぎ 帰る子供よ
せめて君は忘れるな
その手のぬくもりを………
ここで時間が一気に広がる。
今の自分ではなく、
過去の記憶と、未来の誰かへ。
この言葉は優しい。
でも同時に、少し切ない。
自分が失ってしまったものを、
他人には失ってほしくないという願い。
■ 失われた友
また一人 友を失くした
ほんのささいなことだった
今にして思えば
理由は語られない。
ただ「失った」という事実だけがある。
人との関係は、
大きな事件ではなく、
ほんの些細なことで終わる。
その現実が、
淡々と置かれている。
■ 大人と子供の顔
陽に焼けた 大人の顔と
二人あそんだあの頃の
子供の顔してた
ここは本当に美しい。
一人の人間の中に、
時間が同時に存在している。
大人の顔。
子供の顔。
どちらも本物で、
どちらももう戻らない。
■ 涙の理由
通いなれた駅までの道
今日は何故か涙がおちて
理由は説明されない。
でも分かる。
こういう涙は、
何か一つの出来事じゃなく、
積み重なった時間があふれたときに出る。
■ 街路樹は知っていた
街路樹は いつも見ていた
こんな私のちっぽけな
喜びと悲しみ
誰にも見られていないと思っていた日々。
でも、街路樹だけは見ていた。
語られない時間。
小さな出来事。
言葉にならなかった感情。
この曲は、
それをすべて拾い上げている。
■ 谷村新司という書き手
谷村新司 の歌詞は、
説明しない。
大きな言葉を使わず、
日常の断片を置くだけで、
その奥にある感情を浮かび上がらせる。
この曲もそうだ。
泣かせようとはしていない。
でも、気づくと泣いている。
それは、
自分の記憶が勝手に重なってしまうからだ。
■ おじさんギタリストとして
若い頃も、
彼らの良さは私には多少なり理解できていた。
でも歳を重ねると、
この曲の中にある時間が、
そのまま自分の中にもあることに気づく。
駅。
帰り道。
失った人。
どうにもならなかったこと。
全部、特別じゃない。
でも、全部残っている。
「街路樹は知っていた」は、
人生の大きな出来事を歌っていない。
ただ、
誰にも言わなかった時間を、そっと肯定してくれる歌だ。
だからこの曲は、
ある日ふと聴くと、
理由もなく涙が出る。
それでいいと思う。
たぶんそれが、
この曲がちゃんと届いている証拠だから。

