無意識のクセの話
■ ギタリストには“譜面に書いてない音”が必ずある
長くギターを弾いていると、
自分でも覚えていないクセが、
演奏のあちこちに勝手に忍び込んでくる。
・軽いハンマリング
・微妙なスライド
・意味不明なミュート
・謎のアタック強弱
・休符のズレ(本人には無自覚)
譜面に載せた覚えはないのに、
身体が勝手に出してくるのだ。
おじさんギタリストは静かに思う。
「これ、もう俺のDNAに書き込まれてるんだろうな…」
■ “身体記憶”は練習よりも生活に支配される
若い頃は“技術=練習量”だと信じて疑わなかった。
今は違う。
身体記憶は、
・ストレス
・睡眠不足
・カップ麺の塩分
・肩こり
・低気圧
・朝ニュースの政治とスポーツの差
など、
生活の微粒子に左右される。
寝不足の日はピッキングが雑になる。
肩が重い日はミュートが濃くなる。
ちょっと嬉しい出来事があれば、音が妙にキラキラする。
ギターは誠実で、
身体の状態をすべて“音”に翻訳してしまう。
■ クセは矯正するものではなく、“育てるもの”
若い頃の私は、クセが出るたびに落ち込んでいた。
「またこの癖か…」
「なぜ毎回こうなるんだ…」
大人になると、考え方が180度変わる。
クセは悪者ではなく、
それこそが“自分の音色そのもの” になっていく。
ギタリストにとって一番の恥は、
譜面通りに弾けないことではなく、
“誰の音か分からない音しか出せないこと” だ。
クセがあるからこそ、
1秒聴いただけで「あ、それお前だな」と分かる音が生まれる。
■ 無意識のクセは、意識した瞬間に消える
困ったことに……
“クセの音”は、狙った瞬間に出なくなる。
・勝手に混ざったスライド
・偶然のハーモニクス
・たまたま弦が拾った息遣い
・脱力した時だけ現れる深み
ライブ録音を聴いて
「これ、めちゃくちゃ良いじゃん!俺どうやったんだ?」
と興奮しても、
翌日弾いたら 再現不能。
おじさんは悟る。
「クセって、神様がくれる一瞬のご褒美なんだよな。」
(少し盛ってるけど、本気でそう思っている。)
■ 身体が“勝手に弾いてくれた音”こそ、宝物
年齢を重ねると、
コントロールできない部分がだんだん増える。
しかし、
その“予定外の部分”こそが音の味になる。
・1ミリ深くなった押弦
・ほんの少し遅れたアタック
・深呼吸で変わるニュアンス
・手汗で変化する音質(避けられない現実)
こういう偶然の積み重ねが、
おじさんギタリストの音を“熟成”させていく。
まるでワインだ。
手をかけたはずなのに、
最終的には自然が仕上げてくれる。
そこがまた、たまらない。
■ まとめ:譜面にない音こそ、人生の音
譜面は音楽の“骨格”を教えてくれる。
でも本当に心に残るのは——
身体が勝手に生み出した、あの予測不能な一瞬 だ。
技術が衰えても、
スピードが落ちても、
視力が怪しくなっても、
クセだけは裏切らない。
むしろ、年月とともに深まっていく。
おじさんギタリストは今日も思う。
「譜面通りに弾く人は多いけど、
譜面にない音を出せるのは“人生を弾いてきた人”だけだ。」
それが、
歳を重ねたギタリストの誇りなのだ。
