🎸おじさんギタリストシリーズ ㊺ おじさんギタリスト、音を出す前が一番うまい 編

― ケースを開けるまでがピークな男の話 ―


音を出す前が、なぜか一番うまい

スタジオに入る。
プリプロのための静かな空間。

アンプの前に立ち、
ケースを床に置く。

この瞬間、
おじさんギタリストは
人生で一番うまい。

まだ弾いていない。
音も出していない。

なのに、
脳内ではもう
完璧なプレイが流れている。

コード感よし。
タイム感よし。
音色、理想通り。

「今日、いける気がする。」

この予感だけは、
毎回プロ級である。


ケースを開けるまでがピーク

ケースのロックを外す。

カチャ。

この音が、
集中力の最高潮。

ギターを取り出す動作は
やたら丁寧。

ネックを支える手。
ボディの角度。
床への置き方。

この時点では、
一切の無駄がない。

脳と身体が
完全に一致している。

まだ音を出していないから。


チューニング中の脳内プレイは完璧

チューナーを起動する。

この瞬間、
おじさんギタリストは
異様に繊細になる。

ピッキングは弱め。
角度は一定。
弦へのタッチは
まるで高級陶器を扱う職人。

一音一音、
「これは大事な音です」
という顔で弾く。

この時の右手は、
なぜか一日中このままでいてほしい。

そして脳内では、
すでに曲が完成している。

「あ、このイントロ、
 今日めっちゃいいな。」

まだ弾いていない。


「今日は良い音出る気がする」は、だいたい外れる

チューニングが終わる。

完璧。

開放弦も、
ハーモニクスも、
すべて気持ちいい。

ここで必ず思う。

「今日は、
 良い音出る気がする。」

この言葉、
過去の的中率を冷静に計算すると
かなり低い。

だいたいこのあと、

・アタックが強すぎる
・力が入りすぎる
・なぜか走る
・思ってた音じゃない

が発生する。

にもかかわらず、
毎回言ってしまう。

これはもう
儀式である。


音を出し始めた瞬間、何かが崩れる

実際にフレーズを弾き始める。

するとどうなるか。

右手が急に雑になる。
ピッキングが前のめりになる。
チューニング中のあの優しさは消える。

さっきまで
「弦の声を聞いていた手」が、
急に
「俺が鳴らすんだ」
という顔をする。

おじさんギタリスト、
内心こう思う。

「さっきの右手、
 どこ行った?」


技術の問題ではない(たぶん)

ここで勘違いしてはいけない。

これは
技術不足の話ではない。

実際、
チューニング中のピッキングが
一番コントロールされているのは
多くのギタリストに共通する現象だ。

理由は単純。

目的が違う。

チューニング中は
「正確な音を出す」
ことだけに集中している。

曲を弾き始めた瞬間、
脳はこう切り替わる。

・次のコード
・リズム
・構成
・他の楽器

情報量が一気に増える。

その結果、
アタックが雑になる。

これは
人間の脳の仕様だ。

(ちゃんと調べると、
 注意資源の分散という
 心理学的にも説明されている現象。)


音を出す前の集中力は、異常に純度が高い

音を出す前。

まだ誰にも聴かれていない。
まだ失敗もしていない。
まだ結果がない。

だから、
集中が一点に集まる。

この状態、
実はかなり貴重だ。

おじさんギタリストは思う。

「この集中、
 演奏中も使えたら
 だいぶ違うのに。」

でも、
それは無理だ。

人は、
動き出すと
どうしても散る。


プリプロあるある:弾く前が一番かっこいい

プリプロの現場では、
この現象が特に顕著だ。

「じゃあ、軽く音出しから」

この「軽く」が、
一番かっこいい。

弾く前の佇まい。
ギターを持つ角度。
アンプとの距離感。

この瞬間だけ切り取れば、
だいたい
名盤の裏ジャケ。

だが、
録音が始まると現実が来る。


それでも、音を出す前がうまいのは悪くない

ここで
おじさんギタリストは
ひとつの結論に辿り着く。

音を出す前が一番うまいのは、
悪いことじゃない。

それはつまり、

理想の音が、
 ちゃんと頭の中にある

ということだからだ。

もしそれがなければ、
最初から雑になる。

音を出す前に
完璧を思い描けるのは、
経験を積んできた証拠でもある。


まとめ:一番うまい瞬間は、まだ希望がある

ケースを開ける前。
チューニング中。
音を出す直前。

その瞬間、
おじさんギタリストは
一番うまい。

そして、
その後に現実が来る。

でも、
そのギャップがあるから
また次も弾く。

おじさんギタリストは今日も思う。

「音を出す前が一番うまいってことは、
 まだ伸びしろがあるってことだ。」

そう思いながら、
今日もケースを開ける。

ピークは毎回、
そこにある。

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