🎸おじさんギタリストシリーズ ㊽ スタジオセッションで名フレーズを量産する(消える) 編

奇跡はだいたい、保存されない


これは昔から変わらないし、たぶんこれからも変わらない。

スタジオという場所は、不思議だ。

家でいくら弾いても出ない音が、あれこれ考えても出てこないフレーズが、なぜかスタジオに入ると、ふっと出る。

狙っていない。むしろ、少し気が抜けているくらいの瞬間。

そのとき、指が勝手に動く。

鳴る。

「あ、今の……いい」

だいたい、そういうやつに限って、一回しか出ない。


「今の、もう一回いける?」

と言われる。

おじさんギタリスト、ちょっとだけ間を置いてうなずく。

「うん……たぶん……」

弾く。

……違う。

同じ場所、同じテンポ、同じコード。

音は出る。

でも、さっきの“並び”にはならない。

ほんの少しのズレなのに、別の景色になる。


ちょっと前は、ここで少し笑うようになった。

「ああ、また来て帰っていったな」って。

昔はもっと悔しがっていたし、わりと本気で自分を責めていた。

「なんで覚えてないんだ」
「なんで録ってないんだ」
「なんで今だと思わなかったんだ」

でも今は、そこまで責めなくなった。

どうせ、また出るから。


とはいえ、録っていないと地味に効いてくる。

帰り道で思い出す。

「あれ、録れたよな」
「スマホ、すぐそこにあったよな」
「なんで“あとで思い出せる”と思ったんだ?」

この“あとで思い出せる理論”、
人生で一度も成功したことがないのに、なぜか毎回信じてしまう。


でもあれは、偶然じゃない。

ちゃんと理由がある。

考えていないとき。
評価していないとき。
うまくやろうとしていないとき。

そういう瞬間に、これまでの癖とか経験とか、耳の記憶が一気に出てくる。

あれは「ひらめき」じゃなくて、
たぶん「まとめて出たやつ」だ。

だから、同じルートでは戻れない。


おじさんギタリストの指は、いろんな癖を抱えている。

好きなポジション、逃げ道みたいな運指、無意識のスライド。

昔より動かない日もあるし、ちょっと迷う日もある。

でも、その分、変な力は抜けた気がする。

無理に取りにいかない。

出たら拾う。

出なかったら、まあいいか。


三人で音を出していると、ときどき思う。

「今の、いい景色だったな」

でも、その景色はだいたい残っていない。

残っているのは、
“良かった気がする”という、かなり頼りない記憶だけ。


それでも、不思議と無駄じゃない。

消えたフレーズは、完全には消えていない。

指の距離感とか、力の抜き方とか、音の選び方とか、
どこかに少しだけ残っている。

次に弾くとき、ほんの少しだけ変わっている。

再現はできない。でも、更新はされている。


当時、入った時のスタジオで、また出る。

そして、また消える。

「今の良かったよね」と言われて、軽くうなずく。

内心はこうだ。

「……あれ、ちょっと欲しかったな」


でも、それでいい。

消えるから、また出る。

もし全部残っていたら、
たぶんつまらない。


おじさんギタリスト、最近はその“奇跡”に出会うこともだいぶ減った。

正直、前みたいにはいかない日も多い。

それでも、たまにふっと出る瞬間がある。

再現できないフレーズが出るってことは、
まだどこかがちゃんと生きているということだと思う。

次は録ろう。たぶんまた忘れる。

それでもいい。

指は、ゆっくりだけど、まだ音を探している。

奇跡は保存できない。

でも、あの感覚は、まだ残っている。

それで、十分だと思っている。 🎸


あ、今の……いい
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