Words & Music:Neil Finn
Album:WOODFACE(1991)
Produced by:Mitchell Froom
Label:Capitol Records
■ 「確かさ」と「無関心」が同時に鳴る、不思議な曲
この曲を初めて聴いたとき、
正直、派手さは感じなかった。
でも、なぜか飛ばせなかった。
Neil Finn が描くメランコリーの輪郭は、
今作でも静かに証明されている。
英語を理解するようになってから分かったのは、
この曲は自信の歌ではないということだ。
“Sure” と言い切りながら、
その足元はずっと揺れている。
CROWDED HOUSE、
そして Neil Finn のいちばん信用できるところが、
この曲には全部入っている。
■ 欲しいのは「捨てられたもの」
Living is luxury
I want everything you throw out
「生きていること自体が、もう十分すぎるほどの贅沢なんだ。
だから君が捨てたものを、全部欲しい。」
この発想、
若い頃はピンとこなかった。
今は分かる。
新品より、
誰かが一度手放したもののほうが
なぜか安心する。
リハスタの隅に転がってた古いアンプとか、
もう誰も使ってないコードとか。
それを拾って、
「まだ鳴るな」って思う感じ。
この曲の語り手は、
ずっとそういう場所に立っている。
■ 「どうでもいい」と言い切る強さ
‘Cause I am as sure as I am
I couldn’t care less
For what might go wrong
「だって僕は、「自分がここにいる」という事実と同じくらい確かなんだ。
これから何がうまくいかなくなるかなんて、
もう気にしていない。」
ここ、
めちゃくちゃ強そうに聞こえる。
でも実際は、
不安を全部知ったうえでの無関心だ。
「どうでもいい」って言えるようになるまで、
人はけっこう怖い思いをしている。
私も、
若い頃は「どうでもいい」なんて言えなかった。
全部、気になっていたから。
今は……
まあ、半分くらいは本当にどうでもいい。
この曲を聴くと、
その変化がちょっと恥ずかしくなる。
■ サイの話は、たぶん人間の話
I pity the rhino
Down there it’s becoming extinct
Killed for a love potion
「サイが哀れでならない。
絶滅へ向かっている。
“愛の薬”のために殺されているんだ。」
ここで Neil Finn は、
説教しない。
怒鳴らない。
ただ、
「かわいそうだな」と言う。
この距離感が、
たまらなく Crowded House だ。
大きな問題を、
小さな声で置いていく。
迷信や欲望のためにサイの角が使われることを指す、強い皮肉表現。
愛や願いの名を借りた暴力、という読みができる一節
気づいた人だけが、
あとで拾う。
■ 守られなくていい、という選択
Don’t want to be there
Don’t want to be spared
I’ll wear the smile on your face
「ここにいたいわけじゃない。
許されたいわけでもない。
ただ、君の顔を笑顔で満たせるなら、それでいい。」
この3行、
メロディに乗ると急に重さが出る。
ヒーローでもないし、
主役を張りたいわけでもない。
それでも、
一瞬だけ誰かの感情の前に立つ役を
引き受けてしまう。
強がりにも聞こえるし、
覚悟にも聞こえる。
多分そのどちらでもあって、
どちらでもない。
おじさんになると、
音楽の中にこういう役割を見つけてしまう。
前に出ないのに、一番大事なところで鳴っている音。
ハモンドオルガンのうねりと響きが、哀愁を漂わせる。
このフレーズは、
そういう音だと思う。
■ おじさんギタリストとして聴く、この曲
ギターは主張しない。
音数も多くない。
でも、
全部、必要なところにしか鳴っていない。
弾きすぎない。
感情を乗せすぎない。
Neil Finn のギターって、
いつもこうだ。
「言いすぎない」ことで、
逆に信用させてくる。
私が求めている音がそこだ。
■ まとめ
この曲は、
希望の歌でも、
絶望の歌でもない。
ただ、
揺れたまま立っている人の歌だ。
確信しているようで、
実は何も掴んでいない。
でも、
それでいいと知っている。
おじさんギタリストとしては、
この曲を
「分かりやすくない名曲」と呼びたい。
何度も聴いて、
ある日ふと、
自分の話になっている。
そういう曲だ。

