🎵 Split Enz史 第14.5ç«  Bonus Track 十幎目の再䌚ず、それぞれの次の出口 『Enz of an Era』/『Escapade』

    今回取り䞊げる䜜品

    『Enz of an Era』1982幎
    アヌティストSplit Enz
    䜜品圢態ベストアルバム
    LabelMushroom Records

    「Next Exit」1983幎
    アヌティストSplit Enz
    䜜詞・䜜曲Tim Finn
    䜜品圢態アルバム未収録シングル
    LabelMushroom Records

    『Escapade』1983幎
    アヌティストTim Finn
    䜜詞・䜜曲Tim Finn
    ProducerRicky Fataar / Mark Moffatt
    LabelMushroom Records豪州・ニュヌゞヌランド、A&M Records北米

    画像

    十幎目のSplit Enz

    バンドが十幎続くずいうのは、なかなか倧倉なこずだ。

    十幎もあれば、人の考え方は倉わる。

    奜きだった音楜が倉わるこずもあるし、䞀緒に挔奏しおいた仲間が別の道ぞ進むこずもある。

    私も長く音楜に関わっおきたけれど、昔䞀緒に挔奏しおいた人たちが、今ではたったく違う仕事をしおいたり、遠い囜で暮らしおいたりする。

    久しぶりに顔を合わせるず、話すこずは山ほどある。

    ずころが、楜噚を持぀ず案倖すぐに昔の呌吞が戻っおきたりする。

    あれは䞍思議だ。

    1982幎の終わり、Split Enzは結成十呚幎を迎えおいた。

    『True Colours』で倧きな成功を぀かみ、『Waiata / Corroboree』を経お、『Time and Tide』では音楜的にも新しい深みを芋せた。

    もう、ニュヌゞヌランドの少し倉わったバンドではない。

    オヌストラリアでも、ニュヌゞヌランドでも、誰もが知るヒット曲を持぀人気グルヌプになっおいた。

    その十呚幎を蚘念しお発売されたのが、ベストアルバム『Enz of an Era』である。

    ずころが、このアルバムのタむトルには、䜕ずもSplit Enzらしい裏話がある。

    1983幎1月の『Rip It Up』誌で、Neilはタむトルに぀いお尋ねられ、Noel Crombieがその名前を遞んだ理由を説明しおいる。

    なんず、Noelがすでにそのタむトルの文字を持っおいたからだずいう。笑

    もちろん冗談亀じりの発蚀なのだろうけれど、私はこういう話が奜きだ。

    普通なら、十呚幎の蚘念盀ずいうこずで、䌚議を重ねお立掟なタむトルを考えそうなものだ。

    それが、文字があるからこれでいい。

    いかにもNoelらしい。

    衣装を䜜り、舞台矎術を考え、スプヌンを叩き、ずうずうドラムたで叩くようになった男である。

    タむトルの決め方たで、どこか少しおかしい。笑

    でも、『Enz of an Era』ずいう名前は、結果的に劙に意味深いものになった。

    䞀぀の時代の終わり。

    圓時の圌らは、ただ本圓の意味でその蚀葉を受け止めおはいなかったのだろう。


    昔の仲間が垰っおきた日

    1983幎1月30日。

    ニュヌゞヌランドのSweetwaters Festivalに、Split Enzが登堎した。

    箄35,000人を前にした、結成十呚幎を蚘念する特別なステヌゞだった。

    そこには、懐かしい顔ぶれもいた。

    初期のベヌシスト、Mike Chunn。

    サックスなどを担圓しおいたRob Gillies。

    そしお、か぀おドラムを叩いおいたPaulEmlynCrowther。

    それぞれ別の道を歩んでいた仲間たちが、久しぶりにSplit Enzのステヌゞぞ戻っおきた。

    圓時の映像を蚘録したTVNZの番組『Kaleidoscope』では、十呚幎公挔に向けた圌らの姿を芋るこずができる。

    Neilは事前のむンタビュヌで、自分が加入する前の叀い曲を芚え盎さなければならなかったず話しおいる。

    最初は少しだけ昔の曲を挔奏する぀もりだった。

    ずころが、緎習しおいるうちに面癜くなり、予定より倚くの曲を取り䞊げるこずになったずいう。

    䜕だか分かる気がする。

    昔の曲を久しぶりに匟くず、最初は指が忘れおいる。

    でも、䜕床か匟いおいるうちに、音だけではなく圓時の空気たで戻っおくるこずがある。

    ただし、Neilにずっおは少し事情が違う。

    圌は1977幎に加入したメンバヌだ。

    初期の曲には、もずもず挔奏したこずのないものもあった。

    昔のSplit Enzを知る匟が、今床はその曲を挔奏する偎にいる。

    それだけでも、ずいぶん面癜い光景だず思う。


    最倧のヒット曲を挔奏しなかった

    そしお、この日のセットリストには意倖な事実がある。

    珟地音楜誌『Rip It Up』のラむブ評によれば、なんず「I Got You」が挔奏されなかった。

    Split Enz最倧のヒット曲である。

    普通の蚘念コンサヌトなら、たず倖せない䞀曲だろう。

    ずころが圌らは、初期の『Mental Notes』の曲を埩掻させ、少し倉わった構成のラむブを行った。

    さらに「Haul Away」の挔奏䞭には、TimずNeilの䞡芪が玹介され、スポットラむトを济びたずいう。

    これは、ちょっずいい話だ。

    『Time and Tide』でTimが自分の歩んできた人生を歌った「Haul Away」。

    その曲を、結成十呚幎のステヌゞで挔奏する。

    そしお、二人の䞡芪がそこにいる。

    倧げさな挔出だったのか、ほんの短い玹介だったのか、蚘事だけでは分からない。

    でも、あの曲にずっお、これほどふさわしい堎面もなかったのではないだろうか。

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    ずころが、肝心の圌がいない

    しかし、十呚幎のステヌゞには、どうしおも気になる䞍圚があった。

    Phil Juddである。

    Tim Finnず䞀緒にSplit Endsを始めた、あのPhilだ。

    初期Split Enzの音楜を圢䜜り、『Mental Notes』の䞖界を生み出した重芁な人物。

    それなのに、十呚幎の再䌚に圌の姿はなかった。

    なぜだろう。

    私も気になっお、圓時の資料を調べおみた。

    1983幎2月の『Rip It Up』のラむブ評には、Philが登堎しなかったこずがはっきり曞かれおいる。

    埌幎の音楜史資料『AudioCulture』でも、旧メンバヌ䞉人の参加ず、Philの䞍圚が蚘録されおいる。

    ただし、どちらにも、圌がなぜ参加しなかったのかずいう説明はない。

    招埅されお断ったのか。

    別の仕事があったのか。

    あるいは、そもそも参加する話がどこたで進んでいたのか。

    そこたでは確認できなかった。

    ただ、Philずいう人の性栌を考えるうえで、興味深い蚌蚀はいく぀か残っおいる。


    Philは、そもそもステヌゞが苊手だった

    Phil Juddは、ラむブ挔奏を心から楜しむタむプのミュヌゞシャンではなかったようだ。

    1974幎の時点で、本人はラむブ挔奏ぞの匷い苊手意識を語っおいる。

    そしお1977幎、Split Enzを離れた時にも、その問題は関係しおいた。

    Mike Chunnは圓時のむンタビュヌで、Philがツアヌ生掻に疲れ、家族ず長く離れおいたこずなどを理由ずしお挙げおいる。

    ただしMike自身、Philが倚くを語らないため、理由の䞀郚は自分の掚枬だず断っおいた。

    埌幎のむンタビュヌでも、MikeはPhilがラむブやツアヌに匷いストレスを感じる人だったず振り返っおいる。

    さらに1989幎。

    PhilはSchnell FensterずしおCrowded Houseずツアヌを行い、その際に実珟したSplit Enzの再挔には加わらなかった。

    この時、本人は興味深いこずを語っおいる。

    昔の仲間たちず挔奏するこず自䜓は、ぜひやっおみたい。

    しかし、自分がSplit Enzに関わっおいたのは、倚くの芳客が知る時代よりも前なのだ、ずいう趣旚の話だった。

    なるほど、ず思った。

    PhilにずっおのSplit Enzず、「I Got You」以降のヒット曲で知られるSplit Enzは、必ずしも同じものではなかったのかもしれない。

    ただし、これは1989幎の話である。

    この発蚀を、そのたた1983幎の䞍参加理由ず決め぀けるこずはできない。

    それでも、Philが自分ずSplit Enzずの距離をどう感じおいたのか、その䞀端は芋える気がする。

    私は、Philがいなかったこずを、単玔に仲違いの蚌拠だずは思いたくない。

    圌は圌なりに音楜を䜜り、絵を描き、自分の居堎所を探しおいた。

    そしお、必ずしも倧勢の前で挔奏するこずが、圌にずっお䞀番自然な衚珟方法ではなかった。

    そう考えるず、少しだけ理解できる気もする。

    もちろん、本圓の理由は分からない。

    でも、十呚幎の舞台にPhilがいなかったずいう事実は、やはり少し寂しい。

    『Mental Notes』のゞャケットを芋るたびに、私はあの独特な䞖界を䜜った人のこずを思い出す。

    その人が、蚘念のステヌゞにはいなかった。

    十幎ずいう時間は、長い。

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    Phil Judd

    「Next Exit」— 次の出口は、昔のテヌプの䞭にあった

    1983幎3月、Split Enzは新しいシングル「Next Exit」を発衚する。

    Tim Finnが曞いた曲で、次のアルバム『Conflicting Emotions』には収録されなかった。

    これも、なかなか面癜い䞀曲だ。

    実は「Next Exit」の原型は、1978幎の『Rootin' Tootin' Luton Tapes』の時期たでさかのがる。

    あの、レコヌド契玄もなく、苊しい状況の䞭で録音しおいた時代だ。

    そこから玄五幎。

    バンドは倧きな成功を経隓し、メンバヌも音楜も倉わった。

    そんな時に、昔の曲が再び衚ぞ出おきた。

    タむトルは「次の出口」。

    䜕ずも出来すぎた名前ではないか。

    もちろん、埌に起きる出来事を予蚀しおいたわけではない。

    ただ、十呚幎の再䌚を終えたバンドが、昔のテヌプから生たれた曲に「Next Exit」ずいう名前を付けお䞖に出した。

    この偶然は、どうにも気になる。

    音楜を続けおいるず、昔䜜ったものを急に匕っ匵り出したくなる時がある。

    圓時はしっくりこなかったフレヌズ。

    完成しなかった曲。

    録音したたた、どこかぞしたい蟌んでいたデモ。

    䜕幎もたっおから聎くず、案倖悪くなかったりする。

    逆に、圓時は最高だず思っおいた挔奏が、今聎くず少々恥ずかしかったりもする。

    こちらは、できれば発掘されないでほしい。笑

    でも、曲にはその時代の空気が残っおいる。

    「Next Exit」は、そんな昔の音をもう䞀床拟い䞊げた䜜品でもあった。


    Tim Finn、䞀人で音楜を䜜り始める

    そしお1983幎。

    Split Enzにずっお、もっず倧きな出来事が起きる。

    Tim Finnが、初の゜ロアルバム『Escapade』を発衚したのだ。

    第14章で取り䞊げた『Time and Tide』では、Timは自分の内偎にあった恐れや孀独を歌っおいた。

    ずころが『Escapade』は、ずいぶん雰囲気が違う。

    明るい。

    軜やかだ。

    そしお、恋愛や人間関係に぀いお、以前よりも盎接的に歌っおいる。

    代衚曲は「Fraction Too Much Friction」。

    タむトルからしお面癜い。

    ほんの少し摩擊が倚すぎる。

    人間関係ずいうのは、たしかにそういうものかもしれない。

    ちょっずした蚀葉の違い。

    少しだけ合わないタむミング。

    本圓は倧したこずではないのに、それが積み重なるず、なかなか厄介になる。

    曲は実に軜快で、Timの声もよく䌞びおいる。

    Split Enzの曲ずは違う、少し開攟的な空気がある。

    『Escapade』はニュヌゞヌランドでアルバムチャヌト1䜍、オヌストラリアでも8䜍を蚘録した。

    ゜ロ掻動ずしおは、十分すぎるほどの成功だった。

    しかも、参加ミュヌゞシャンがすごい

    ここはギタリストずしお、少し気になるずころだ。

    『Escapade』を共同プロデュヌスしたのは、Ricky FataarずMark Moffatt。

    RickyはThe Beach Boysにも圚籍したこずのあるドラマヌで、Markはギタリストずしおも掻動しおいた。

    さらに、鍵盀にはRichard Tee。

    Paul Simonなどの䜜品で知られる、あのRichard Teeである。

    そしお、マンドリンにはVince Gill。

    埌にカントリヌ界で倧きな成功を収め、Eaglesにも加わるこずになるミュヌゞシャンだ。

    Vince Gillが参加しおいるずいうだけでも、私はちょっず嬉しくなっおしたう。

    アメリカ盀の「Not for Nothing」では、圌のマンドリンがクレゞットされおいる。

    ちなみに『Escapade』は、発売地域によっお収録曲や曲順に違いがある。

    オヌストラリア盀ずアメリカ盀を聎き比べるのも面癜い。

    こうしたミュヌゞシャンたちず䞀緒に録音するこずは、Timにずっお倧きな刺激だったのだろう。

    長幎同じバンドで挔奏しおいるず、互いの癖が分かっおくる。

    それは匷みでもある。

    でも、初めお䞀緒に挔奏する人の音に、思いがけない反応をしおしたうこずもある。

    自分なら眮かなかった堎所に音が入る。

    い぀もず違うリズムの重心が生たれる。

    そういう経隓は、挔奏者にずっお実に楜しい。

    私自身、曲を䞀から䜜るよりも、誰かが䜜った曲をアレンゞする方が埗意なのだけれど。笑

    新しいミュヌゞシャンず仕事をするず、思いがけない音が生たれる瞬間がある。

    Timも、Split Enzの倖でそういう自由を感じおいたのかもしれない。


    他のメンバヌも、じっずしおいなかった

    もちろん、Timだけが新しいこずを始めおいたわけではない。

    Noel Crombieは、カントリヌ颚の゜ロシングル「My Voice Keeps Changin' On Me」を発衚しおいる。

    あのNoelが、カントリヌである。

    衣装やスプヌンの印象が匷い人だけれど、実は歌も歌える。

    しかも、Neilは1983幎1月のむンタビュヌで、Noelを優れたカントリヌ歌手だず玹介しおいた。

    䜕ずも意倖な才胜だ。

    Neilは倖郚アヌティストのプロデュヌスを経隓し、Eddie Raynerも他のミュヌゞシャンの䜜品に関わっおいた。

    Nigelも含め、それぞれがスタゞオで新しい詊みをしおいたずいう。

    1983幎5月の『Rip It Up』では、Split Enzが自分たちのレヌベル「Enz Records」を通じお、ニュヌゞヌランドの若いミュヌゞシャンを支揎しようずしおいるこずも報じられおいる。

    Timは、Pop MechanixやBlam Blam Blam、Dance Exponentsなどの名前を挙げおいた。

    自分たちが長い時間をかけお埗た経隓や人脈を、今床は若い人たちのために䜿いたい。

    そういう考えがあったのだろう。

    これは少し嬉しい話だった。

    自分たちの成功だけでなく、次の䞖代の音楜にも目を向けおいたのだから。

    ただ、構想ず実珟は別の話である。

    圓時のTim自身も、忙しさから本栌的な掻動は翌幎以降になるだろうず話しおいた。

    少なくずも、この時点ではただ蚈画の段階だった。


    1983幎10月 Timは「蟞めない」ず蚀っおいた

    そしお、今回の資料調査で、私が䞀番立ち止たった話がある。

    1983幎10月の『Rip It Up』誌。

    Tim Finnが、読者からの質問に答えおいる。

    その䞭に、こんな質問があった。

    もし『Escapade』が海倖でも倧ヒットしたら、Split Enzを蟞めお゜ロ掻動に専念するのか。

    Timの答えは、実に短かった。

    No.

    蟞めない。

    さらに圌は、Split Enzの新しいアルバムを完成させ、再びツアヌに出たいず話しおいる。

    長くラむブ掻動から離れおいたので、もう䞀床バンドらしい感芚を取り戻したかったずいう。

    これは、かなり重芁な発蚀だず思う。

    埌の歎史を知っおいるず、どうしおも『Escapade』の成功がTimの脱退を決定づけたように考えおしたう。

    でも、少なくずも1983幎10月のTimは、Split Enzを続ける぀もりだず公蚀しおいた。

    しかも、Neilが次のアルバムに向けお非垞に良い曲を曞いおいるこずを、玠盎に喜んでいた。

    この時点で、兄匟の関係を単玔な察立ずしお描くのは無理がある。

    Timは自分の゜ロ䜜品を䜜るこずに喜びを感じおいた。

    同時に、Split Enzの新䜜にも期埅しおいた。

    その䞡方が、圌の本心だったのかもしれない。


    それぞれの音が、少しず぀離れおいく

    ただ、音楜的には倉化が始たっおいた。

    Timは『Escapade』で、これたでずは違う音楜の䜜り方を経隓した。

    Neilもたた、䜜曲家ずしおさらに成長しおいた。

    Eddie、Nigel、Noelにも、それぞれの考えがあった。

    バンドずいうのは、難しい。

    党員が仲良くおも、党員が同じ音楜をやりたいずは限らない。

    むしろ、互いに腕が䞊がり、経隓が増えるほど、やりたいこずが少しず぀違っおくる堎合もある。

    誰かが悪いわけではない。

    でも、同じ方向を向くこずが難しくなる。

    1984幎8月の『Rip It Up』で、Neilは埌に起きた問題に぀いお、個人的な察立ではなく、音楜的な方向性の違いだったこずを匷調しおいる。

    私は、この蚀葉を倧切にしたい。

    埌から歎史を振り返る時、぀い誰かを原因にしたくなる。

    Timが゜ロで成功したから。

    Neilの曲が増えたから。

    あるいは、昔のSplit Enzずは違う音楜になったから。

    でも、実際にはもっず倚くのこずが重なっおいたのだろう。

    1982幎の『Time and Tide』では、TimずNeilが互いを支えながら、あれほど個人的な曲を曞いおいた。

    その翌幎には、それぞれが自分の音楜を探し始めおいた。

    同じバンドにいながら。

    これは、少し切ない。


    そしお、もう䞀人のドラマヌが近づいおいた

    この頃、オヌストラリアには、埌のSplit Enzにずっお重芁な存圚になるドラマヌがいた。

    Paul Hesterである。

    Crowded Houseを知っおいる人なら、もちろんおなじみの名前だろう。

    ただ、圌が最初からNeil Finnず䞀緒にいたわけではない。

    Paulは1980幎頃、メルボルンのバンドThe Cheksで掻動しおいた。

    その埌、1982幎にシドニヌでDeckchairs Overboardずいうバンドに参加する。

    このバンドでは、埌にシングルずしおも知られる「That's the Way」を収録したデビュヌEPでドラムを叩いおいた。

    圓時のPaulは、ただSplit Enzのメンバヌではない。

    ずころが1983幎の終わり頃、Split Enzは新しいドラマヌを探すこずになる。

    Noel Crombieが、ドラムから本来のパヌカッションぞ戻るこずになったのだ。

    そこでNeilが盞談したのが、Midnight Oilのドラマヌ、Rob Hirstだった。

    Robの掚薊で名前が挙がったのが、Paul Hester。

    そしお、ここからが面癜い。

    Mike Chunnの著曞『Stranger Than Fiction』によれば、オヌディションで決め手ずなったのは「Dirty Creature」の挔奏だったずいう。

    あの『Time and Tide』の䞀曲だ。

    さらに、Paulのナヌモアのセンスや、食り気のないドラミングも奜印象だったそうだ。

    そしお、Timずメルボルンで家をシェアするようになったPaulは、家事奜きなずころでも気に入られたずいう。

    ドラムの腕だけでなく、家事たで評䟡されるずは。笑

    でも、こういうずころが䜕ずもPaulらしい。

    バンドずいうのは、挔奏が䞊手ければそれでいいずいうものでもない。

    䞀緒に移動し、食事をしお、長い時間を過ごす。

    挔奏しおいない時の盞性だっお、案倖倧切だったりする。

    そしおPaulは、埌にNeilずCrowded Houseを結成するこずになる。

    もっずも、1983幎の圌らには、ただそんな未来は芋えおいなかったはずだ。

    Split Enzの新しいドラマヌずしお、これから䜕が始たるのか。

    それは、次の章でゆっくり曞きたい。

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    Paul Hester

    次のアルバムぞ

    1983幎。

    Split Enzは十呚幎を祝い、昔の仲間ず再䌚した。

    Phil Juddの姿はなかった。

    Tim Finnは゜ロアルバムを成功させた。

    Neil Finnは、新しい曲を曞き続けおいた。

    NoelもEddieもNigelも、それぞれの可胜性を探しおいた。

    そしお、TimはただSplit Enzを蟞めないず蚀っおいた。

    この時期の圌らを芋おいるず、バンドが終わりぞ向かっおいたずいうより、五人がそれぞれ成長し、その歩幅が少しず぀違っおきたように感じる。

    昔の仲間ず同じ曲を挔奏するず、懐かしい気持ちになる。

    でも、そのたた昔に戻れるわけではない。

    十幎前ず同じ音を出そうずしおも、耳も、指も、考え方も倉わっおいる。

    きっず、それは悪いこずばかりではない。

    ただ、倉わっおしたった自分たちで、もう䞀床同じ音楜を䜜ろうずするのは、案倖難しい。

    Split Enzは、その難しさず向き合い始めおいた。

    そしお次に発衚されるアルバムのタむトルは、

    『Conflicting Emotions』。

    盞反する感情。

    ただ䜕も終わっおいない1983幎の圌らに、これほど䌌合うタむトルもなかったのかもしれない。

    画像


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    怜玢察象Enz of an Era / /『Escapade』

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