🎸おじさんギタリストシリーズ⑬ 耳が衰えた?いや深化だ編
おじさんギタリスト、耳の変化に戸惑う。
最近、スタジオで音を合わせていると、ふと不安になる瞬間がある。
「あれ、ハイがちょっと聴こえにくい?」
「前よりアタックが丸い気がする…?」
50代ギタリストの脳裏をよぎるのは、ただひとつ。
──ついに耳が衰えたんじゃないか?
こんな不安に襲われるとき、だいたい背筋が少し寒くなる。
ギターをやってきた年月の分だけ、この“耳”という道具に頼り、育て、バンド人生を乗せてきたわけだから、簡単に受け入れられない。
だが、だ。
最近思いはじめている。
これは「衰え」じゃなくて「深化」なんじゃないか?
と。
■ 昔は“元気に聴こえれば正義”だった
若い頃、スタジオで鳴っている音の8割は「勢い」だった。
アンプのツマミは全部12時より上。
歪みは強いほどテンションが上がり、多少のハウリングすらも“ライブ感”で片付けていた。
「細けぇことはいいんだよ!鳴ればOK!」
そんなムードだった。
だが今は違う。
ひとつのコードの濁り具合や、
ピッキングの先端の角度や、
アルペジオの消え際の余韻がやけに気になる。
若い頃には“気付けなかった音”が、確実に聴こえてきている。
これって本当に耳が衰えたのか?
いや、たぶん違う。
■ 聴こえなくなったのは「雑味」かもしれない
たしかに昔より聴こえづらい帯域はある。
でもその一方で、20代では絶対に拾えなかった音の変化がわかる瞬間が増えた。
アンプとキャビの組み合わせで出る空気の押し引きとか、
エレアコの弦が新品かどうかの倍音の揺れ方とか、
バンド全体の音像が前に出てるのか、奥にいるのかとか。
「耳が衰えた」んじゃない。
むしろ昔みたいに何もかもが一気に飛び込んでくる“粗い聴き方”ではなく、
今は必要な情報だけを拾えるようになった。
そう考えると──
それって 深化 だ。
■ 若手ギタリストにはわからない「味わい」の世界
若手と同じスタジオに入るとよく思う。
20代の彼らの音はキラキラしていて、パワーもあって、聴いているだけで青春が蘇る。
しかし、その一方で、
「そのEQ、もう少しだけ中域を引いたほうが歌が抜けるぞ…」
とか、
「そのバッキング、もうちょっとだけ後ろに回り込んだら化けるのに…」
とか、自然と感じることが増えた。
若い耳は“開けた感覚”。
おじさんの耳は“絞り込んだ感覚”。
たぶん、熟成されたウイスキーみたいなものなんだろう。
アルコール度数は当時と同じでも、
香りや余韻の深さはまったく違う。
■ そして気付く。「耳の変化」は年齢じゃなく経験値だ
アコギの生音、
バンド全体のバランス、
アンプの真空管の温度、
ピッキングの強弱の差、
ベースとの噛み合わせ。
これら全部が、
20代の頃より立体的に見えるようになってきた。
もし耳が本当に衰えているなら、
こんな風に聴こえる世界は広がらない。
だから今日も思う。
──耳は衰えたんじゃなく、深くなっただけだ。
そしてその深さがあるからこそ、
今の自分の音が昔よりずっと好きになってきた。
■ 結局、おじさんの耳は“劣化”ではなく“味”だ
楽器も人間も、年を重ねるほど味が出る。
昔みたいにギラギラはしていないけど、
代わりに 深さ が出る。
それはバンドや音楽にとって、
決してマイナスじゃない。
むしろ、
50代だからこそ鳴らせる音が、必ずある。
耳が衰えた? いや深化だ。
おじさんギタリストの耳は、今日もゆっくりと熟成している。
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくださるだけで本当に嬉しいです。サポートいただいた分は、取材費や資料代など、次の作品づくりに活かしていきます。無理のない範囲で応援していただけたら嬉しいです。
読んでくださること自体が、何よりの支えです。
