🎵 SPLIT ENZ史 第9章

『Dizrythmia』

昨日までの音を抱えたまま

第8章の最後で、写真が変わった。

1977年4月。

Split Enzの写真からMike Chunnの名前が消えた。

そして、その少し後に、18歳のNeil Finnが加わった。

Phil Juddが抜けた場所にはNeil Finnが入り、
ギターとヴォーカル、そして曲作りの一部を引き継いだ。

Mike Chunnが離れたベースには、Nigel Griggsが入った。

ドラムにはMalcolm Greenがいる。

Tim Finn、Eddie Rayner、Noel Crombie、Robert Gilliesは残った。

PhilからNeilへ。

MikeからNigelへ。

それぞれ違う役割を受け継ぎながら、Split Enzは新しい7人になった。

でも、面白いのはここからだ。

バンドの写真は新しくなったのに、
レコードの中には、まだ昨日までのSplit Enzがいる。

1977年8月29日。

そんな状態で、『Dizrythmia』が発売された。

Dizrythmia(1977)

7人になったSplit Enz

『Dizrythmia』は、Split Enzにとって3枚目のアルバム。

ロンドンのAir Studiosで1977年6月から7月にかけて録音され、プロデューサーはGeoff EmerickとSplit Enz。

そして、このアルバムが面白いのは、クレジットを見るだけでも分かる。

Tim Finn。

Neil Finn。

Eddie Rayner。

Noel Crombie。

Robert Gillies。

Nigel Griggs。

Malcolm Green。

これが新しいSplit Enzの7人だ。

ただし、曲のクレジットまで見ると、話が少し変わってくる。

「Sugar And Spice」はPhil Judd。

「Nice To Know」はTim Finn、Phil Judd、Eddie Rayner。

そして最後の「Jamboree」には、Tim、Phil、Eddie、Noel、Malcolm、Robert、Mike Chunnの名前が並んでいる。

新しい7人のアルバムなのに、そこにはまだPhilもMikeもいる。

なんだか不思議なレコードだ。

人は入れ替わっている。

でも、音楽は昨日までの時間を簡単には切り捨ててくれない。


「Philの代わり」ではなく、Timが一人で書き始めた

Philがいなくなったことで、一番大きく変わったのはギターの位置だけではなかった。

曲を書く人間が変わった。

PhilとTimは、長いあいだ一緒に曲を作ってきた。

それが突然、Tim一人になる。

1977年9月のRip It Upのインタビューで、TimはPhilが抜けたあと、Eddieと一緒にAmericaでかなりの曲を書いたと話している。

そして、その時期が自分にとって大事だったとも話している。

ずっとPhilと一緒にいた。

それが突然、自分一人になった。

これは、外から見るより大きな変化だったと思う。

Eddieは後年、この時期についてさらに具体的に話している。

Philが抜けたあと、Timがソングライティングを担うようになり、
自分はその横で、曲を完成させる手助けをするようになった。

そしてBaltimoreでTimと一緒に過ごし、
「Bold As Brass」「Charlie」「Without A Doubt」「My Mistake」など、
『Dizrythmia』につながる曲を書いたという。

ここで、少しだけ前の章を思い出す。

AtlantaでPhilが去った。

そのあとTimとEddieがBaltimoreへ行った。

そして、そこで書かれた曲が、今度は新しい7人のSplit Enzを作っていく。

つまり『Dizrythmia』は、Neilが入ってから突然始まったアルバムではない。

Philがいなくなった直後から、もう始まっていた。


そして「Bold As Brass」が来る

アルバムの1曲目。

「Bold As Brass」。

これは、今聴いても面白い。

最初から、普通のロック・バンドの曲として始まらない。

少し牧歌的というか、妙に軽い空気がある。

そこへEddieのシンセが入ってくる。

そして曲が進むと、急に足元が変わる。

カントリーっぽさが残っていたかと思えば、今度はパンク以降のロックのような、落ち着かない推進力が出てくる。

ベースはNigel Griggs。

ギターだけを追って聴くより、ベースを聴くと、この曲の変な面白さがよく分かる。

Nigelは音を動かし続けるというより、ある場所に音を置いたまま、その周りを細かく揺らしていく。

その上にEddieの鍵盤が乗る。

Timが歌う。

そして曲は、妙な緊張感を残したまま進んでいく。

当時のRip It Upのレビューでも、「Bold As Brass」は新しいSplit Enzの変化を象徴する曲として取り上げられている。

以前のSplit Enzのように、曲の中へたくさんのアイデアを詰め込んで複雑にしていくのではなく、ひとつのフックをはっきりさせて、そこへ向かっていく。

それが、この頃の彼らだった。

私はこういう変化を聴くと、歳を取ってからのバンドを見るような気持ちになる。

若い頃は、何かを足したくなる。

ギターを弾いても、音を重ねたくなる。

ところが、少し歳を取ると、逆に「ここは弾かなくていいな」と思う瞬間が増える。

『Dizrythmia』のSplit Enzにも、そういう感覚が少し見える。

ただし、これは後から勝手に美談にしてはいけない。

当時の彼ら自身は、もっと現実的だった。

売れるシングルが必要だった。

もっと多くの人に聴いてもらいたかった。

Eddie自身、1977年のインタビューで、新しい曲を3〜4分程度に抑え、
ヒット・シングルを作る必要を強く意識していたと話している。

芸術的な変化だけではない。

生き残るための変化でもあった。

Sugar And Spice
楽天 / Amazon / Yahoo / メルカリ


Geoff Emerickがやって来た

そして、もう一人、このアルバムを語るうえで外せない人がいる。

Geoff Emerick。

言うまでもなく、The Beatlesの録音に深く関わったエンジニアだ。

ただ、ここで「The Beatlesを録音した偉大な人がSplit Enzをプロデュースした」とだけ書いてしまうと、少し違う気がする。

当時のTimの言葉を見ると、もっと普通の人間関係だった。

Geoff Emerickは、まず4日間、彼らと一緒にスタジオに入った。

Split Enzにとっては、Geoffを試す時間でもあった。

そしてGeoffからすれば、彼らを試す時間でもあった。

その4日間がうまくいった。

だから、そのままアルバムを作ることになった。

Eddieが当時Rip It Upへ送った文章も面白い。

Air Studiosには、彼らだけではなくWings、Shirley Bassey、Lonnie Doneganなどもいた。

さらに、Geoff EmerickからSgt. PepperやPaul McCartneyの話を聞き、George Martinともスタジオで顔を合わせる。

若いミュージシャンからしたら、かなり不思議な時間だっただろう。

でも、その横でやっていることは、結局レコードを作ることだ。

ベースを録る。

ドラムを録る。

ピアノを録る。

ギターを録る。

そして、後から音を重ねる。

華やかな名前が並んでも、スタジオでやること自体は地味だ。

私はこういう話が好きだ。

伝説の人と一緒に仕事をしていても、結局は「今日までに録らなきゃいけない」という現実がある。

しかも、この録音は順調一辺倒ではなかった。

Eddieによれば、メンバーの6人がいわゆる「pommie flu」にかかってしまい、1週間を失っている。

ロンドンまで来て、Geoff Emerickと録音しているのに、風邪で一週間止まる。

まあ、人間なんてそんなものだ。


「新しい音」なのに、古い人の名前が残っている

『Dizrythmia』を聴いていて、私が一番面白いと思うのはここだ。

「Sugar And Spice」。

これはPhil Juddの曲だ。

Neilが入った後のアルバムなのに、Philの曲が入っている。

しかもTimは1977年のインタビューで、
この曲を「oldie」の一つとして説明している。

つまり、Philがいなくなったから全部捨てたわけではない。

良い曲なら残す。

ただし、そのままではない。

当時のレビューによれば、
「Sugar And Spice」は大きくアレンジを変えられている。

そこには、新しいSplit Enzのやり方が見える。

過去を否定するのではなく、今のメンバーで作り直す。

これって、バンドを長く続けるうえでは結構大事なことだと思う。

人が変われば、同じ曲でも違う音になる。

昔の自分が弾いた曲を、今の自分が弾くと、同じコードなのに少し違って聴こえる。

ギターを長くやっていると、そういうことがある。

指は昔ほど速く動かない。

でも、昔は気にしなかった音の置き場所が気になったりする。

Split Enzにも、それに近いものがあったのかもしれない。


「Jamboree」に残った、昨日までのSplit Enz

そして、アルバムの最後に「Jamboree」がある。

ここがまた面白い。

曲のクレジットにはTim Finn、Phil Judd、Eddie Rayner、Noel Crombie、Malcolm Green、Robert Gillies、Mike Chunn。

新しいメンバーと、去っていったメンバーが同じ曲のクレジットに並んでいる。

これは、バンドの歴史を知ってから見ると、かなり象徴的だ。

当時のRip It Upでは、「Jamboree」は以前のSplit Enzに一番近い曲だと評されている。

そして、そのレビューはかなり厳しい。

古いSplit Enzを再現しようとしている唯一の曲で、それが一番うまくいっていない、とまで書いている。

面白いのは、ここだ。

新しいSplit Enzが、本当に新しくなったからこそ、過去に戻ろうとした瞬間だけ、少し違和感が出る。

音楽って、そういうところがある。

昔の自分に戻ろうとしても、もう完全には戻れない。

良くも悪くも、身体の中に時間が入っている。


18歳のNeilは、まだ「Neil Finn」ではない

そして、このアルバムにはNeil Finnがいる。

ただし、ここで未来を知っている私たちは少し注意しないといけない。

後のNeil Finnを知っているから、

「この時点ですでに未来の大スターだった」

という目で1977年を見ると、当時の空気が消えてしまう。

Neilはまだ18歳。

しかもEddieは後年、この時期について、Neilはまだ本格的なエレクトリック・ギターを十分に弾いていたわけではなかったと話している。

つまり、Philの後に座ったからといって、すぐにPhilのようなギタリストになったわけではない。

そもそも、なる必要もなかった。

NeilはNeilだった。

当時のライブ評を読むと、そのことがよく分かる。

1977年10月のAuckland公演について、Rip It Upは、Tim、Nigel、Malcolmのリズム・セクションがまだ組み上がっている途中だと書いている。

そしてNeilについては、「まだ引き出されていない音楽的な資源」がある、という見方をしている。

これは、後から見るとかなり興味深い。

18歳のNeilを見て、

「完成されたNeil Finn」

とは書いていない。

まだこれからだった。


ニュージーランドに帰ってきた7人

『Dizrythmia』の発売を前に、Split Enzはニュージーランドで新しいライブを始めた。

Timは当時のインタビューで、このツアーのセットリストについてかなりはっきり話している。

なんと約95%が新曲。

昔の曲はほとんどやらない。

候補として挙げていたのが、

「The Woman Who Loves You」

「True Colours」

「Another Great Divide」

そして「Maybe」あたり。

これは、かなり思い切ったやり方だ。

普通なら、昔からのお客さんが喜ぶ曲を入れたくなる。

でもTimたちは、新しい曲を試したかった。

しかも、その新曲はすでに前のイギリス・ツアーで演奏していた。

最初は彼ら自身も少し不安だった。

ところが、客の反応は悪くなかった。

「昔の曲ももっと聴きたかった。でも、新しい曲も止めてほしくない」

そういう反応だったという。

これ、バンドにとってはかなり嬉しいことだったと思う。

新しい曲をやる。

客が静かになる。

昔の曲をやる。

客が盛り上がる。

普通なら、そこで昔の曲へ戻る。

でもSplit Enzは、新しい曲を続けることができた。


「My Mistake」

そして新しいSplit Enzを代表する曲の一つが、「My Mistake」。

『Dizrythmia』からのシングルだ。

当時のレビューでは、単純なメロディのフックを何度か繰り返すことで、頭に残る曲として評価されている。

でも、いわゆる普通のポップ・ソングにはならない。

ちょっと変だ。

ちょっとコミカル。

ちょっと落ち着かない。

このあたりは、Split Enzらしさがまだ残っている。

昔のように複雑にしているわけではない。

でも、普通のロック・バンドにもならない。

その中間にいる。

そして、1977年10月のAuckland公演では、この「My Mistake」を含む新曲がステージに並んだ。

レビューを読むと、Timはかなり動き回っていたらしい。

Noelは相変わらずスプーンを持っている。

Nigelはピンストライプ姿。

Neilは少し驚いたように見える。

そしてMalcolmは、ドラムセットをステージ上で失う。

……ドラムセットを失う?

正確には、レビューを書いた人がそう見えるほど、ステージ上でMalcolmが動き回っていたということだろう。

Split Enzは、音だけではなく、相変わらず見た目も忙しい。

ただ、以前のような「異様な演劇性」だけではない。

もっと明るく、もっと直接的だった。


4歳の子供が「道化師の音楽」と呼んだ

このAuckland公演のレビューには、妙に好きなエピソードがある。

ラジオから「My Mistake」が流れてきた。

すると、幼稚園にいた4歳の子供が、

「The clowns’ music」

と言ったという。

「道化師の音楽」。

なんとも言い得て妙だ。

大人が「新しいSplit Enzの方向性」とか「ポップ化」とか「リズムの変化」と難しいことを考えている横で、4歳の子供は、

「ピエロの音楽」

と言った。

たぶん、そっちのほうがSplit Enzを正確に言い当てている気もする。

もちろん、これは当時の記者が紹介した逸話なので、その子供が本当にどういう意味で言ったのかまでは分からない。

でも、1977年のSplit Enzが、以前とは違う顔を持ち始めていたことは、この小さな話からも感じられる。


「Bold As Brass」がテレビから流れる

そして1977年10月22日。

イギリスのBBC 2で放送された「Sight and Sound」にSplit Enzが出演する。

これはかなり大きな出来事だった。

「Sight and Sound」は、土曜日の夜にテレビとラジオで同時放送されるライブ番組。

Split Enzには30分の枠が与えられた。

そして、彼らが最初に演奏した曲が「Bold As Brass」。

Timの掛け声から始まる。

「Tahi, Rua, Toru, Wha」。

ニュージーランドの数字の数え方だ。

そして「Bold As Brass」。

これが、イギリスの家庭のテレビから流れた。

1977年のRip It Upの記事では、当時の放送について、推定1000万人規模の視聴者がいたとも紹介されている。

この数字は当時の推定なので、現在の視聴率のような精密な数字として扱う必要はない。

それでも、ニュージーランドから来た7人が、イギリスの土曜夜のテレビに30分出て、「Bold As Brass」で始めた。

これは、かなり大きな舞台だった。


テレビの中でも、TimはTimだった

この「Sight and Sound」の話でも、面白いのは曲そのものだけじゃない。

Timは曲の間にも冗談を入れる。

「My Mistake」の前には、いつものように妙な言葉を挟む。

そして、Noelはスプーンをやる。

つまり、テレビに出たからといって、急に普通のロック・バンドになるわけではない。

音は新しくなっている。

でも、彼らの変な部分は残っている。

ここがSplit Enzらしい。

『Dizrythmia』は、過去との決別ではない。

過去を持ったまま、少しだけ別の方向へ歩いている。


レコードの裏側には、まだ「昔の人」がいる

ここで、もう一度アルバムのクレジットを見る。

Neil Finn。

Nigel Griggs。

Malcolm Green。

新しい名前が並ぶ。

でも、

Phil Judd。

Mike Chunn。

その名前も消えていない。

「Sugar And Spice」。

「Nice To Know」。

「Jamboree」。

特に「Jamboree」は、7人の新しいSplit Enzを聴いているはずなのに、その曲の中には過去のメンバーが何人もいる。

だから私は『Dizrythmia』を、単純な「新生Split Enzの第一歩」とだけ呼びたくない。

もちろん、それは間違いではない。

でも、それだけでは足りない。

これは、昨日までの音を抱えたまま、新しい7人が初めて一枚のアルバムを作ったレコードだと思う。


そして、まだ「完成」していなかった

1977年10月のAuckland公演のレビューには、かなり大事な一文がある。

新しいFinn、Griggs、Greenのリズム・セクションは、まだ組み上がっている途中だった。

これが、私は好きだ。

『Dizrythmia』を聴くと、完成された名盤のように聴こえる瞬間がある。

でも、当時の彼らは完成なんてしていない。

Neilは18歳。

Nigelは新加入。

Malcolmもまだ新しい。

TimとEddieは、Philがいなくなった状態で新しい曲を書き始めたばかり。

そして、ロンドンのスタジオではGeoff Emerickと初めて一緒に作業している。

それでもレコードは完成した。

ツアーにも出た。

テレビにも出た。

新しい曲を客の前で演奏した。

人間って、準備が全部終わってから始めるわけじゃない。

たぶん、始めながら準備する。

ギターもそうだ。

新しい曲を弾く時、最初から完璧に弾けるわけじゃない。

何度か間違える。

少し遅れる。

音を探す。

そのうち、いつの間にか身体が覚えている。

『Dizrythmia』の7人にも、そんな時間があったように思える。


1977年のSplit Enzは、まだ途中だった

『Dizrythmia』は1977年8月29日に発売された。

ニュージーランドでは、このあと新しい7人が本格的に動き始める。

イギリスではテレビにも出た。

その後もヨーロッパを回る。

そして1978年に入ると、また大きな変化が待っている。

Robert Gilliesが抜ける。

そして、あのPhil Juddが再び戻ってくる。

つまり、『Dizrythmia』の7人も、ずっと続いたわけではない。

だから、このアルバムを「Neil Finnが加入して完成したSplit Enz」と見るのは、少し違う。

むしろ逆だ。

Neilが入ったことで、新しいSplit Enzが始まった。

でも、その新しいSplit Enzも、まだ形を探していた。

Philの曲を演奏しながら。

Mikeの名前が残った曲を録音しながら。

Timは一人で曲を書き始め。

Eddieはその横で支え。

NigelとMalcolmは新しいリズムを作り。

Neilは18歳のまま、まだ自分の場所を探していた。

その途中で、「Bold As Brass」が鳴った。


アルバムを聴き終えてからクレジットを見ると、少し妙な気持ちになる。

新しい7人の写真。

その下に並ぶ、昨日までの人たちの名前。

バンドは前へ進んでいる。

でも、レコードの中には過去が残っている。

たぶん、それでいい。

長く続いてきたものって、そんなに綺麗には入れ替わらない。

新しい音の隣に、古い音がいる。

新しいメンバーの横に、いなくなった人の名前がある。

そして、その全部を抱えたまま、次のライブへ行く。

1977年のSplit Enzは、まだ途中だった。

だからこそ、「Bold As Brass」の最初の音には、少しだけ落ち着かない感じがする。

まだ誰も、次に何が起こるのか知らない。

それでも、音はもう鳴っている。

Split Enz(Late 1977)

  • #SplitEnz

  • #NeilFinn

  • #TimFinn

  • #バンド史

  • #ニュージーランド音楽

  • #JAMBOREE

  • #PhilJudd

  • #MikeChunn

  • #Thinkback80s

  • #EddieRayner

  • #NoelCrombie

  • #geoffemerick

  • #MyMistake

  • #MalcolmGreen

  • #NigelGriggs

  • #RobertGillies

  • #BoldAsBrass

  • #Dizrythmia

  • #CrossWords


  • #70年代ロック

    紹介した音源・CDを探す

    ※この欄にはアフィリエイトリンクが含まれます。価格・在庫はリンク先でご確認ください。

    このサイトを応援する

    SouthWindMusicは個人で運営しています。 サイト運営維持のため、ご支援いただけると嬉しいです。

    PayPalで応援する

    ※金額は自由にご入力いただけます

    コメントする