🎵『Wild, Wild West』The Escape Club(1988)

    クレジット

    曲名: Wild, Wild West
    アーティスト: The Escape Club
    発表: 1988年
    作詞: The Escape Club
    作曲: The Escape Club
    収録アルバム: 『Wild Wild West』(1988年)
    Producer: Chris Kimsey
    Label: Atlantic Records(米国)/WEA(英国)

    『Wild Wild West』
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    まだ90年代は来ていなかった

    1988年。

    あの頃、街には妙な勢いがあった。

    音楽も、ファッションも、テレビも、何もかもが少し派手だった。

    シンセサイザーの音は大きくなり、ドラムには強烈な残響がかかり、ギターはとにかく前に出たがっていた。

    今振り返ると、少々やりすぎだった気もする。

    いや、私もその時代の音が好きなのだから、人のことは言えないのだが。笑

    そんな80年代の終わりに、イギリスから少し変わったバンドが現れた。

    The Escape Club。

    彼らの『Wild, Wild West』を聴くと、私はいつも1988年という数字を思い出す。

    曲の中では、まだ来ていない90年代に向かって走っている。

    でも、演奏している彼らの足元には、間違いなく80年代の空気が残っている。

    その中途半端な感じが、今聴くと妙にいい。

    何かが終わりそうで、何かが始まりそう。

    ただし、何が始まるのかは誰にも分からない。

    そんな時代だった。


    イギリスで生まれ、アメリカで爆発したバンド

    The Escape Clubは、1983年にイギリスで結成された4人組のバンドだ。

    ボーカルとギターのTrevor Steel。

    ギターのJohn Holliday。

    ベースのJohnnie Christo。

    そしてドラムのMilan Zekavica。

    彼らは1986年にアルバム『White Fields』を発表していたが、大きな商業的成功にはつながらなかった。

    転機となったのが、1988年のアルバム『Wild Wild West』だった。

    この作品からシングルカットされた『Wild, Wild West』は、同年11月12日付のBillboard Hot 100で全米1位を獲得する。

    ところが、面白いことに、この曲は彼らの母国イギリスではシングルチャートに入らなかった。

    アメリカでは誰もが耳にするようなヒット曲になったのに、イギリスではそうならなかった。

    同じ英語で歌っているのに、国が変われば届き方も変わる。

    音楽というのは本当に不思議だ。

    ちなみに、彼らは1991年にも『I'll Be There』を全米8位に送り込んでいる。

    だから、アメリカでの大ヒットがこの一曲だけだったわけではない。

    ただ、1988年のあの強烈な印象があまりにも大きかったのだろう。

    『Wild, Wild West』というタイトルを聞くだけで、あのリズムが頭の中で鳴り始める。

    そういう曲は、案外少ない。


    47人のろくでなしが暮らす街

    さて、この曲の歌詞だ。

    タイトルだけを見ると、アメリカ西部の荒野を想像するかもしれない。

    カウボーイ、砂埃、酒場、保安官。

    ところが、歌詞に出てくるのは、ずいぶん奇妙な人たちである。

    Forty-seven deadbeats living in the back street
    裏通りには、47人ものろくでなしが暮らしている
    North, east, west, south, all in the same house
    北から東から、西から南から、みんな同じ家に集まっている

    47人。

    どうして47人なのか。

    この数字について、作詞者が具体的な理由を説明した確かな資料は確認できなかった。

    ただ、こういう妙に具体的な数字が出てくると、風景が急に生々しくなる。

    しかも、そこにいるのは立派な開拓者でも英雄でもない。

    Deadbeats。

    ろくでなし、怠け者、社会から少しはみ出した連中。

    そんな人たちが一つの場所に集まっている。

    さらに、彼らは奥の部屋で何か大きな出来事を待っている。

    Big boomという言葉には、大きな爆発や衝撃という意味がある。

    実際の爆発なのか、それとも社会をひっくり返すような出来事なのか。

    そこまでは分からない。

    でも、何となく落ち着かない。

    街全体が、何かを待っている。

    一方で、主人公は寝室で恋人を待っているのだから面白い。

    世の中がどうなろうと、自分には自分の事情がある。

    この温度差が、いかにも人間らしい。

    世界が騒がしくても、好きな人が来るかどうかの方が気になってしまう。

    まあ、そういう日もある。笑


    彼女は手に負えない。でも、それがいい

    この曲の中心にあるのは、意外にも一人の女性への気持ちだ。

    She's so mean, but I don't care
    彼女はずいぶん気が強い。でも、そんなことは気にしない
    I love her eyes and her wild, wild hair
    あの瞳も、自由奔放な髪も、たまらなく好きなんだ
    Dance to the beat that we love best
    俺たちが大好きなビートに合わせて踊ろう
    Heading for the nineties
    90年代へ向かって
    Living in the wild, wild west
    この自由で荒っぽい、ワイルド・ウェストを生きている
    The wild, wild west
    そうさ、このワイルド・ウェストで

    ここでの mean は、単純に「意地悪」と訳してしまうと少し違う気がする。

    もちろん、言葉としては意地悪、冷たい、ひどいという意味がある。

    ただ、この歌の主人公は、それを本気で嫌がっているようには聞こえない。

    むしろ、手に負えない彼女に振り回されることさえ楽しんでいるようだ。

    だから私は、「気が強い」という少し柔らかい日本語にしてみた。

    そして、wild, wild hair。

    この言葉がいい。

    単に髪型が乱れているというより、彼女自身が自由で、誰にも簡単には従わない人間なのだろう。

    少なくとも、主人公にはそう見えている。

    若い頃は、こういう相手に惹かれることがある。

    自分の思いどおりにならない。

    何を考えているのか分からない。

    でも、気になって仕方がない。

    そして50代になった今なら、少し違う感想も出てくる。

    「いや、できればもう少し穏やかな人の方が……」

    などと思ったりする。笑

    でも、このサビは恋愛の話だけでは終わらない。

    彼女への気持ちを歌っていたはずなのに、いつの間にか話はダンスへ、そして90年代へと飛んでいく。

    この切り替わりが、いかにも80年代の終わりらしい。

    好きな女性がいて、好きな音楽があって、これから新しい時代がやって来る。

    それだけで、何となく楽しいことが待っているような気がしていた。

    もちろん、1988年の彼らに90年代がどんな時代になるのか分かるはずもない。

    それでも、あのビートに乗っていると、そんなことはどうでもよくなってしまう。

    そして、Wild Wild West。

    ここで歌われる西部は、昔のカウボーイたちが暮らした場所というより、自由で、騒がしくて、少々危なっかしい世界のように聞こえる。

    その世界を、彼女と一緒に生きている。

    あるいは、これから一緒に生きていきたいのかもしれない。

    恋愛も、音楽も、未来も、全部まとめて楽しんでしまおうという勢いがある。

    若い頃というのは、案外そんなものだった気がする。

    先のことなんて、よく分かっていない。

    でも、好きな曲が流れていて、好きな人がそばにいれば、それで十分だった。

    今なら少し慎重になるようなことも、あの頃は勢いだけで飛び込めた。

    まあ、その結果、いろいろ失敗もしたのだが。笑

    それでも、このサビを聴いていると、あの根拠のない明るさが少し懐かしくなる。

    彼女が好きだ。

    音楽が好きだ。

    そして、まだ見たことのない90年代がやって来る。

    それだけで、ずいぶん遠くまで行けるような気がしていた。


    90年代へ向かう、80年代の人たち

    この曲で、私が一番時代を感じるのは、次の言葉だ。

    Heading for the nineties
    90年代へ向かっている
    Living in the wild, wild west
    この荒っぽくて自由な西部のような世界で生きている

    1988年に、この言葉を歌っていた。

    90年代は、まだ未来だった。

    私たちは今、90年代がどんな時代になったのかを知っている。

    冷戦の終結。

    ベルリンの壁の崩壊。

    音楽の世界では、グランジやオルタナティヴ・ロックの台頭。

    そして、80年代に当たり前だった音楽の作り方や売り方も、大きく変わっていった。

    しかし、1988年の彼らには、そんな未来はまだ見えていなかった。

    ここが面白い。

    今の私たちは、この曲を過去の音楽として聴いている。

    でも、曲の中にいる彼らは、未来を見ている。

    同じ曲なのに、時間の向きが違うのだ。

    そして、歌詞の終盤には、こんな対比も出てくる。

    Heading for the nineties, living in the eighties
    90年代へ向かいながら、まだ80年代を生きている

    これほど1988年らしい言葉もない気がする。

    身体はまだ80年代にある。

    でも、目線はもう次の時代に向いている。

    時代の変わり目というのは、いつもそんなものなのかもしれない。

    私自身、何度か大きな環境の変化を経験してきた。

    住む場所が変わっても、仕事が変わっても、頭の中がすぐに新しい生活へ切り替わるわけではない。

    新しい場所に立っているのに、気持ちはまだ以前の場所に残っている。

    そういう時間がある。

    この曲を聴くと、なぜかそんな感覚まで思い出してしまう。


    保安官と銃と、少し危ない時代の空気

    歌詞には、さらに妙な人物が登場する。

    Mandyという女性。

    ラジオでDJたちに話しかける保安官。

    そして、新しい銃を手に入れたRonnie。

    まるで、まとまりのない映画の登場人物たちが、一度に出てきたようだ。

    Mandyが配っているValiumは、ジアゼパムという実在の抗不安薬の商品名である。

    そして、Ronnieは新しい銃を持っている。

    この二つの言葉が並ぶと、曲の陽気さの裏側に、少し物騒なものが見えてくる。

    ただし、Ronnieが特定の実在人物を指しているのか、あるいは当時の政治状況を直接皮肉ったものなのかについては、確認できる作者の説明が見つからなかった。

    当時のアメリカ大統領Ronald Reaganを連想することはできる。

    けれど、連想できることと、作者がそう意図したことは別だ。

    ここは分けて考えたい。

    それでも、銃、薬、保安官、ラジオ、そして47人のはみ出し者たち。

    こうした言葉が一つの曲に詰め込まれているのは興味深い。

    彼らが描くWild Westは、昔の西部劇の世界というより、現代社会の混乱を西部劇に重ねたもののようにも聞こえる。

    何でもあり。

    誰もが自分の好きな方向へ走っている。

    自由だけれど、少し危険。

    そういう世界だ。


    Safe Sexという、あの時代の言葉

    歌詞の終盤には、もう一つ見逃せない言葉がある。

    Give me, give me wild west, give me, give me safe sex
    この荒っぽい自由な世界をくれ、安全なセックスもくれ

    1988年という年代を考えると、この Safe Sex という言葉には、当時ならではの重みがある。

    1980年代は、HIV/AIDSが世界的な社会問題として大きく取り上げられた時代だった。

    感染への恐怖が広がり、性に関する価値観や教育、公衆衛生のあり方も変わり始めていた。

    そんな時代に、自由を求める言葉と、安全なセックスを求める言葉が同じフレーズの中に置かれている。

    これは、今聴くとかなり興味深い。

    自由に生きたい。

    でも、危険からは身を守りたい。

    思いきり楽しみたい。

    でも、無責任ではいられない。

    そんな矛盾が、この短いフレーズにはあるように感じる。

    もっとも、彼らがこの言葉を具体的にどのような意図で書いたのか、本人の明確な説明は確認できなかった。

    だから、当時の社会状況と重なる部分として受け止めるのが自然だろう。

    そして、この曲はそこから再び、恋愛や楽しさを求める方向へ戻っていく。

    深刻なことを歌っているのに、深刻な顔をしていない。

    その軽さもまた、80年代らしい。


    ギターが踊っている

    さて、ここからは演奏の話を少し。

    この曲の魅力は、何といってもリズムだと思う。

    ドラムとベースがしっかり前へ進み、その上でギターが細かく動く。

    Trevor SteelとJohn Hollidayのギターは、ロックバンドらしい勢いを持ちながら、ダンスミュージックのような軽さもある。

    大きなギターソロで聴かせるタイプの曲ではない。

    むしろ、リズムの隙間に入ってくるギターが面白い。

    こういう曲を演奏するとき、ギタリストは少し我慢が必要になる。

    つい、もう一音入れたくなる。

    もう少し前へ出たくなる。

    でも、そこで弾きすぎると、曲の持っている跳ね方が変わってしまう。

    リズムの重心をどこに置くか。

    どの音を短く切るか。

    どこで弾かずに待つか。

    そういう小さな判断が、曲全体のノリを作っている。

    また、この曲にはホーンやキーボード、パーカッションも加わっている。

    音はかなり賑やかだ。

    それなのに、曲の中心にあるリズムは見失わない。

    プロデューサーはChris Kimsey。

    The Rolling StonesやThe Psychedelic Fursなどの作品にも関わってきた人物である。

    この曲でも、ロックの荒さとポップスの聴きやすさが、うまく同居している。

    そして、ミックスを担当したのはJohn Luongo。

    各楽器が少しずつ違う方向に動いているのに、最終的には一つの大きなリズムになっている。

    こういうアレンジは、演奏していて楽しい反面、全員が好き勝手に弾いたら簡単に崩れる。

    自由に聴こえる音楽ほど、実は細かいところで互いの音を聴いている。

    私はそういう演奏が好きだ。


    MTVの中にいた、少し奇妙な4人組

    この曲を語るなら、ミュージックビデオにも触れておきたい。

    1988年といえば、MTVの影響力が非常に大きかった時代だ。

    曲を聴くだけでなく、映像と一緒に覚える。

    そんな音楽の楽しみ方が、すっかり定着していた。

    『Wild, Wild West』のビデオも、なかなか独特だった。

    鏡を利用した映像の中で、身体の一部が奇妙に見えたり、人物の動きが現実離れして見えたりする。

    今ならデジタル処理でいくらでも作れそうな映像だが、当時はああいう視覚的な仕掛けそのものが面白かった。

    そして、何より曲の雰囲気によく合っている。

    少しふざけている。

    でも、演奏はしっかりしている。

    真面目なのか、不真面目なのか。

    その境目がよく分からない。

    私は、こういうバンドに弱い。

    格好つけているのに、どこか可笑しい。

    でも、よく聴くと演奏が上手い。

    そういう人たちは、案外信用できる気がする。笑


    あの頃、未来はもっと遠かった

    50代になってから80年代の曲を聴くと、若い頃とは違うところに耳が向く。

    昔は、音が格好よければそれで十分だった。

    ギターの音がいい。

    ドラムが気持ちいい。

    サビが耳に残る。

    それだけで何度も聴いていた。

    でも、今は歌詞の中にある時間が気になる。

    『Wild, Wild West』の主人公たちは、90年代へ向かっている。

    未来には、きっと何か面白いことが待っている。

    少なくとも、そんな勢いがある。

    ところが、私たちはその先を知っている。

    90年代が来て、2000年代が来て、さらにずいぶん時間が過ぎた。

    あの頃、遠くに見えていた未来の大部分を、もう通り過ぎてしまった。

    そう考えると、少し不思議な気持ちになる。

    ただ、だからといって昔に戻りたいわけでもない。

    今には今の面白さがある。

    ギターだって、昔と同じようには弾けない部分がある一方で、今だから分かる音の置き場所もある。

    若い頃は、何かを始めるときに勢いが必要だった。

    今は、勢いがなくても始められることを少し知っている。

    もっとも、身体の方は以前ほど素直についてきてくれない。

    そこは困ったものだが。笑


    まだ何かを待っている

    『Wild, Wild West』を聴いていると、私はあの頃の街の明るさを思い出す。

    何もかもが少し大げさで、音楽は賑やかで、未来のことをあまり深刻に考えずにいられた時間。

    もちろん、実際の80年代がそんなに呑気な時代だったわけではない。

    社会には不安もあったし、世界にはさまざまな問題があった。

    この曲の歌詞にも、そんな空気はちゃんと入り込んでいる。

    それでも、彼らは踊っている。

    恋人を待っている。

    自由を求めている。

    そして、まだ来ていない90年代へ向かっている。

    私は、この曲を聴くたびに、あの頃の自分が何を待っていたのか考えることがある。

    何か大きな出来事だったのか。

    新しい音楽だったのか。

    それとも、ただ自分の人生が少し変わる瞬間だったのか。

    もう、はっきりとは覚えていない。

    ただ、今でも何かを待っている感覚だけは残っている。

    次の曲。

    次の演奏。

    まだ出会っていない誰かの音。

    そして、いつか自分のギターから出てくるかもしれない、今まで知らなかった音。

    1988年の彼らは、90年代へ向かっていた。

    2026年の私は、もうずいぶん遠くまで来てしまった。

    それでも、あの曲を聴くと少しだけ足取りが軽くなる。

    困ったことに、頭の中ではまだ80年代のドラムが鳴っている。

    まあ、それも悪くない。

    画像
    『Wild Wild West』(1988年)



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