沈黙とギタリストの心理
■ 朝、ギターを構えた瞬間に訪れる“無音の世界”
ギター歴ウン十年のおじさんギタリストでも、
突然やってくる日がある。
そう、
「あれ? 今日、俺の耳どこ行った?」
という日。
ピッキングしても音が“入ってこない”。
耳が悪いんじゃなくて、
脳が 「今日は休日にします」 と勝手に張り紙を出してくる日だ。
この現象、正式には “おじさんギタリストの静寂デー”。
(名前は今つけた。)
■ 音が聴こえない日は、なぜかギターが“3割重い”
弾けない日は分かる。
ギターを持った瞬間に 腰が拒否 するからだ。
ストラップを肩にかけた瞬間、
「ちょっと待った!今日の俺の筋肉、ストライキ中!」
と主張してくる。
弦を押さえると、指が言う。
「急に仕事振らないで?」
ギターって、こんなに重かったっけ?
と毎回驚く。
これを私は“無音時の重量増加現象”と呼んでいる。
(科学的根拠はないが、確実にある。)
■ 家族に相談しても、絶対に理解されない
私:
「今日、ギターの音が入ってこないんだよね…」
家族:
「え? 音は出てるでしょ?」
いや違う、そういうことじゃない。
こっち側の心のエンジンがかからないのだ。
伝わらず、説明も難しいため、
最終的には必ずこう扱われる。
「おじさんがまた変なこと言ってる日」
……そんな日があってもいい。
■ 音が聴こえない日は、なぜか“日常の雑音だけクリア”
ギターの音は入ってこないのに、
日常の音だけ妙に鮮明に聞こえる。
冷蔵庫のモーター音
洗濯機の揺れ
犬の爪が床をカリカリ言わせる音
家族の「掃除してね〜」の声
なぜか全部ハイレゾ級。
唯一聞こえないのが、
ギターだけ。
これを私は「音楽神の悪戯」と呼んでいる。
■ そのくせ、こういう日に限って“名フレーズ”が降りてくる
音が入ってこないから今日は弾かない、と思っていると……
なぜか突然、良いメロディが湧いてくる。
皿洗い中に
「ジャッ、ジャカ、ジャーン… お? これいいぞ?」
犬の散歩中に
「タン、タタッ、タタッ… え? 今日に限って?」
そして急いでギターを持つ。
……が、
やっぱり音が入ってこない。
神よ、今日はからかっているのか。
■ 翌日になると戻る“音のご機嫌”
不思議なことに、
音が聴こえない日は1日で終わる。
翌朝ギターを弾くと、
音がスッと胸の奥に戻ってくる。
「昨日は悪いな、ちょっと散歩してきた」
と言わんばかりの穏やかな音。
そこで私は確信する。
「音は逃げているわけではなく、
一度息抜きして戻ってくるだけだ。」
■まとめ:沈黙もまた、おじさんギタリストの“音”
音が聴こえない日は、
ギタリストの天敵のようでいて、実は味方でもある。
・身体のメンテナンス
・心の整頓
・生活の雑味のデトックス
・次のフレーズの準備期間
沈黙の中でしか育たない音がある。
だから私は、音が聴こえない日も嫌いじゃない。
おじさんギタリストは今日も悟る。
「音が聴こえない日は、
自分の音が深くなるための“静かなレッスン”だ。」
(ただ、腰が痛いのはどうにかしてほしい。)
