L.A.時代の音楽仲間に、今でもたまに連絡を取る友人がいる。
頻繁ではない。
毎週でもないし、毎月でもない。
お互い、それぞれの生活がある。
忘れた頃にメッセージが来て、
「まだ弾いてる?」
とか、
「最近どうしてる?」
とか。
そんな程度だ。
でも、途切れてはいない。
彼と知り合ったのは、私が最初にL.A.にいた頃だった。
音楽を通じて知り合った仲間の一人。
当時は今よりずっと若かった。
当たり前だけど。
体力もあった。
夜遅くまで音を出して、そのあと何か食べに行って、
それでも翌日は普通に動けた。
今そんなことをやったら、翌日の私はほぼ使い物にならない。
昔の疲れは一晩寝れば帰ってくれた。
今の疲れは、なぜか連泊する。
しかもチェックアウトが遅い。
一度L.A.を離れて、しばらくしてから、私はもう一度L.A.へ戻った。
二度目だった。
同じ街だと思っていた。
知っている道もある。
見覚えのある景色もある。
空気だって覚えている。
だから、どこかで思っていたのだと思う。
戻れば、また続きを始められる。
前にいた場所へ戻って、前に止めたところから再生ボタンを押せばいい。
そんな感じで。
でも、そうはいかなかった。
街は同じなのに、何かが違った。
知っている店がなくなっていたり。
人がいなくなっていたり。
以前よく顔を合わせていた人が、別の場所へ行っていたり。
音楽を続けている人もいれば、もう違う仕事をしている人もいた。
人間関係も少しずつ変わっていた。
そして一番変わっていたのは、
たぶん私自身だった。
一度目のL.A.で見ていた景色と、二度目に見た景色は同じではなかった。
同じ交差点を歩いているのに、前とは違う場所にいるような感覚があった。
こういうのは、少し困る。
知らない街なら、最初から知らないと思える。
でも、知っているはずの街が知らない街になっていると、
自分の記憶の方がおかしくなったような気がする。
「あれ?」
が増えていく。
自分だけが少し遅れて戻ってきたような感じだった。
そんな頃、最初のL.A.時代に知り合った彼と再会した。
音楽の話もした。
昔の仲間の話もした。
誰がどこにいるとか。
誰が何をしているとか。
あの場所はもうないとか。
そんな話だったと思う。
そして私は、たぶん少し弱音を吐いた。
正確な言葉までは覚えていない。
でも、
「前と全然違う」
とか、
「戻ってきた感じがしない」
とか、
そんなことを言った。
昔の続きをやろうと思って戻ってきたのに、続きが見つからない。
そんな気持ちだったのだと思う。
すると彼が言った。
“It’s okay to start again.”
また始めればいいよ。
そのくらいの言葉だった。
別に名言っぽく言ったわけでもない。
映画みたいに肩を叩かれたわけでもない。
後ろで感動的な音楽も流れていない。
普通の会話の中で、さらっと言った。
だから余計に残った。
私は最初、
「やり直せばいい」
という意味で受け取った。
でも、時間が経つにつれて、少し違う気がしてきた。
start again は、必ずしも「元に戻す」ではない。
前と同じ場所まで戻って、同じことをもう一度やる必要もない。
今いる場所から、また始める。
それだけでもいい。
二度目のL.A.で私が勝手に苦しくなっていたのは、
「続きをやらなければ」
と思っていたからなのかもしれない。
一度目の自分。
一度目の仲間。
一度目の街。
一度目の音。
それをどこかで再現しようとしていた。
でも、そんなものは再現できない。
街だって変わる。
人だって変わる。
自分だって変わる。
だったら、続きを探すより、
もう一度、そこから始めればいい。
言われてみれば簡単な話なのだけれど、
当時の私はそれがなかなか分からなかった。
若かったからなのか。
意地があったのか。
たぶん両方だ。
音楽も似ている。
昔弾けたものが、今は同じようには弾けない。
昔なら自然に出てきたものが、今は少し考えないと出てこない。
身体も変わった。
音の聴こえ方も変わった。
以前なら勢いで押し切っていたところで、今は一度止まる。
若い頃の自分を基準にすると、
「あれができなくなった」
という話ばかりになる。
これは結構しんどい。
でも、
昔の続きをやっていると思わなければ、少し楽になる。
今の身体で。
今の耳で。
今の指で。
また始める。
ギターなんて、昨日弾けたから今日も同じように弾けるとは限らない。
昨日は気持ちよく鳴ったのに、今日はどうにも噛み合わない。
逆に、何日かうまくいかなかったのに、ある日突然、
「あ、ちょっと戻った」
と思うこともある。
昔の自分に戻ったわけではない。
今日の自分で、もう一度入れただけなのかもしれない。
あれから随分時間が経った。
彼とは今でも、たまに連絡を取る。
お互い当然、歳を取った。
昔みたいにいつでも会える距離でもない。
それでも、何かの拍子にメッセージが来る。
私から送ることもある。
長い付き合いというのは不思議なもので、
何年か空いても、話し始めると意外と普通だったりする。
そして彼はたぶん、
あの時自分が言った言葉を覚えていない。
こっちは何十年も覚えているのに。
そういうものなのだと思う。
言った本人にとっては、ただの一言。
言われた側には、ずっと残る。
私も誰かにそんなことを言えていたらいいのだけれど。
……たぶん余計なことの方をたくさん言っている。
そこは自信がある。
今の私は、また昔とは違う場所にいる。
台湾へ行ったり。
香港へ行ったり。
今はシンガポールにいて…
50代になっても、まだ仕事であちこち動いている。
ギターも弾いている。
昔とは身体も違うし、生活も違う。
思ったようにいかないことも増えた。
一度止まってしまったものもある。
以前と同じところへ戻ろうとして、
「あれ、こんな感じだったっけ」
と思うこともある。
そんな時、あの言葉を思い出す。
『 It’s okay to start again 』
昔と同じにしなくていい。
前回の続きを完璧に再現しなくてもいい。
今いる場所から、また始めればいい。
そう考えると、
Begin again.
という言葉の方が、今の私には少ししっくりくる。
大げさな再出発ではない。
人生を変えるとか、そういう話でもない。
ギターをケースから出す。
チューニングする。
一音鳴らす。
今日はそこから。
それでいい日もある。
昔の自分に戻る必要は、たぶんない。
今の自分で、また始めればいい。
あの頃L.A.で言われた言葉を、
50代になった私はそんなふうに受け取っている。
まあ。
始めたはいいけれど、途中で疲れて休むことは増えた。
そこまでは彼も教えてくれなかった。
Begin again.
そして疲れたら、また座る。
今はそのくらいが、ちょうどいい。
