小さい頃、様々な「仕組みの本」を持っていた。
ネジとか歯車とか、
いろんなものがどう動くのかが書いてある本。
でも、正直に言うと
ほとんど分からなかった。
あのねじれた言葉たち。
説明されているはずなのに、
まるで頭に入ってこない。
子どもなりに真面目だったから、
教科書の通りに書き写してみたこともある。
一回じゃ足りないと思って、
何度も、何度も。
三百回くらい書いた気がする。
でも結局、
何も分からなかった。
そのとき、なんとなく思った。
ああ、もういいや、と。
分からないものは分からない。
知らないことは、まあいいか。
たぶん、その頃からだと思う。
“理解すること”よりも
“感じること”のほうに寄っていったのは。
大人になっても、
その感覚はあまり変わらなかった。
タービンエンジンも、
マイクロチップも、
正直よく分からない。
でも、どこかで全部つながっている気がする。
理屈じゃなくて、
なんとなく。
水槽の魚みたいに、
ぐるぐる回る毎日。
リードにつながれた犬みたいに、
自由なようで、どこか制限されている。
そんな感覚も、ずっとあった。
でもある日、ふと思った。
鳥かごの中にいても、
翼までは奪われないんじゃないか。
その頃、ギターに触れた。
最初はもちろん、
コードも分からないし、
理論なんて何も知らない。
でも、弦を鳴らした瞬間に
ひとつだけ分かったことがあった。
これは、分からなくてもいいやつだ。
風みたいな音。
指で触れると、
ちゃんと返ってくる。
理屈はいらない。
音が鳴る。
それだけで、十分だった。
時代は変わって、
気がつけばデジタルだらけになった。
アルゴリズムとか、バイナリーとか、
いろんな言葉が増えた。
でも正直、
やっぱり全部は分からない。
それでもいいと思っている。
昔から、そうだった。
分からないものは、分からないままでいい。
満月の夜、
寝転びながら考えていたことがある。
何かひとつ、
腑に落ちる瞬間が来るんじゃないかって。
小さなベルが鳴るみたいに。
でも結局、
あの頃と同じ場所に戻る。
水槽の魚みたいに回って、
リードの犬みたいに歩いて、
それでもどこかで思っている。
翼は、まだある。
今もギターを弾いている。
上手く弾ける日もあれば、
そうじゃない日もある。
それでも、
音はちゃんと鳴る。
結局、ずっと変わらない。
自分に必要だったのは、
難しい理屈じゃなかった。
木々が揺れる音みたいな、
あの感じ。
それだけでよかった。
おじさんギタリスト、
あの日からずっと、
音のほうに寄って生きています。 🎸
