🎸 おじさんギタリストシリーズ㉒ in 1998 Los Angeles その壱

今までの「おじさんギタリストシリーズ」とは少し趣向を変えて、
1998年、カリフォルニア州ロサンゼルス市に単身で乗り込んで生き抜いた日々を描く話を、これから綴っていきます。

― 若きギタリストが乾いた風の中でつまずいたり笑ったりした日々 ―

 1998年のロサンゼルス。
 今の自分からすると“すべてを気にすることなく進んでいた時代”だった。
 夢にも不安にも、なぜか体力が追いついていたあの頃。
 20代半ばの私は、ギターケースと根拠のない自信だけを抱えて、あの乾いた街に降り立った。


■ LAの匂いと色と、若造の心臓の鼓動

 空港(LAX)を出た瞬間、まず “空気が軽い”。
 日本と違って、湿度がほぼ無いあのサラッとした感じ。
 なのに街は重い。
 理由もないのに、 “この街は努力しない奴を許さないぞ”って肩越しから囁いてくるようなプレッシャー。

 サンセット大通りの看板は色が褪せているのに、
 目に飛び込んできたカリフォルニアの日差しは暴力的に強い。
 なぜあの眩しさだけは、人間の事情を一切考慮しないんだろう。

 そんな街で、私はとりあえず深呼吸した。
 すると、ちょっと古いアスファルトの匂いと、
 屋台のタコスの香りと、
 近くを走っていったピックアップトラックの排気ガスが、
 全部いっぺんに胸の中へ突っ込んできた。

「うわ、これがロサンゼルスか……」
 と、最初の感想はやや混乱気味だった。


■ バンドマンの荷物の半分は「音楽」じゃない

 日本から持ってきたスーツケース。
20代の頃の私にとって、命より重い“機材”が入っている……と思っていた。
 が、実際に開けてみると、

  • 予備の弦(なぜか太さがバラバラ)

  • 半年使い回したケーブル

  • “アメリカのご飯は合わないから”と母が詰めたカップ麺

  • 気合いだけは一人前の夢

 この4つの構成。

 特にカップ麺の存在感。
 こいつは空腹の夜、何度私を救ったことか。
 ただ、渡米3日目に気づいたのだが、LAの水は硬水で、
 カップ麺を作ると微妙に味が違う。
 若造の私が最初に直面した文化ギャップは“水”だった。


■ スタジオの冷房と、当時のエンジニアがよく飲んでたアレ

 初めてLAのレコーディングスタジオに入った時、
 「ここでギターを録るんだ……!」と胸が高鳴った。
 でも、10秒後には現実に戻る。

冷房が効きすぎて手が動かん。

 南カリフォルニアの人たちはどうしてああもクーラーが好きなんだろう。
 私なんて、ギターを構えた瞬間に“手の甲で鳥肌が立つレベル”だった。

 さらに横を見ると、エンジニアの兄ちゃんが飲んでいたのは、
 当時アメリカでやたら見かけた「SURGE(サージ)」という黄緑色の炭酸飲料。
 “カフェイン入り山盛りジュース”みたいなやつだ。

 その兄ちゃんが、SURGE を片手に
 「OK, One more take. 」
 と、無感情に言う。

 ワンモァ、ワンモァ、オネモァ……。
 その日、私は“永遠ってこういうことか”と初めて理解した。

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 しかも指は冷房でかじかんでいる。
 唯一の救いは、日本から持ってきた安物のポケットカイロ。
 …でも、LAの人にそれを見られると
「何それ!?爆発しそう!」
 と本気で言われる。

 そりゃ、見たことないだろう。分かる。


■ 英語より先に挫折した「アメリカサイズ」

 ローカルのハンバーガーショップに入った時の話。
 普通のセットを頼んだつもりが、出てきたのは

  • ドリンク:洗車用のバケツ並み

  • フライドポテト:持つと武器になりそうな量

 これがアメリカの日常サイズ。
 胃袋より先に心が折れた。

 しかし若造の私には、「負けたくない」という謎のプライドがあった。
 食べた。
 全部食べた。

 そしてホテルに戻って3時間ほど動けなかった。

 あの日から私は悟った。
勝負する相手を間違えると、体が先に壊れる。


■ サンタモニカの夕日と、根拠のない自信が混ざり合った瞬間

 ある日の夕方、気晴らしにサンタモニカへ向かった。
 あのピア(桟橋)の上を歩くと、海風がまるで“お前、まだ頑張れるやろ?”と軽く背中を押してくる。

 夕陽が海に沈む瞬間、オレンジ色がギターケースに反射して、
 なんだか “自分の未来もこんな感じでキラキラするんじゃないか” と本気で勘違いした。

 若さって恐ろしい。
 でも、その勘違いがなきゃ前に進めなかった。


■ そして50代になった私へ

 もし1998年の自分に声を届けられるなら、こう言う。

「大丈夫や。その全ての不安と失敗、あとSURGE飲んで震えた指も、
  全部あとで笑い話になる」

 あの頃の自分が震えながら弾いたテイクが、
 今の“おじさんギタリスト”の血肉になっている。

 そして何より、
 夢を抱えて渡ったあの街の景色は、
 今でもギターを弾くたびに胸の奥で風のように揺れる。

 …ただし、あのバーガーセットだけは絶対にもう完食できない。
 今やったら救急車が来る。

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