ピック紛失事件
■ ギタリストの家には“重力とは別の法則”がある
ピックという物体は、たった2〜3gしかないのに、
なぜか家の中で量子化したかのように消える。
テーブルの上に置いたはずが、
30秒後には
床 → カバン → ケース → ソファの隙間 → なぜか冷蔵庫の上
までワープしている。
おじさんギタリストは静かに言う。
「これは俺のせいじゃない。これは物理との戦いだよ。」
家族はまったく納得しないが。
■ “ピック紛失事件”その日の朝
朝、ギターを構えようとして私は叫んだ。
「ピックが……ない。」
家族:
「昨日も言ってたよね?」
「“無くした”じゃなくて、もはや“放った”でしょ?」
おじさん、紳士的に反論。
「いや、本当にここに置いたんだよ。
ピックは……ちょっと足が速いだけで。」
家族の視線、氷点下。
信頼ゲージはすでにゼロ。
■ 捜索開始:家族 VS ギタリスト
家族:
「どこに置いたか思い出して。
あなたの“意地と記憶力”の勝負よ。」
私は本気で考える。
・机の上?
・アンプの上?
・ケースのポケット?
・洗面所?(なぜ?)
・冷蔵庫の上?(前科あり)
・ベッドの下?
……全部ハズレ。
家族:
「ピックってそんなに大事? 10円でしょ?」
おじさんギタリスト、紳士的に答える。
「10円じゃない。“あの一枚”なんだよ。」
この心の距離は、永遠に縮まらない。
■ 家族が“事件解決”に乗り出す
しびれを切らした家族が言う。
「もう、私が探す。」
そして1分後。
「はい、これでしょ?」
ソファの隙間から、
信じられない速度で“あの1枚”を発掘してきた。
なぜだ……
私が30分探しても出なかったのに……。
家族の勝ち誇った表情は、
ピラミッドで秘宝を掘り出した考古学者のそれだった。
私は紳士的に言う。
「さすがだね……ありがとう……。」
(心のダメージは大きい。)
■ しかし第二の事件が発生する
練習を再開したその瞬間。
家族:
「で、それ。明日また無くすんでしょ?」
おじさんギタリスト、そっと微笑んで答える。
「無くすんじゃない。“旅に出る”んだよ。」
家族、明確に怒る。
■ ギタリストがピックを無くす理由(本人談)
・ズボンのポケット → 洗濯機に召される
・ソファ → 重力に負けて異空間へ
・机に置く → 家族に“紙くず”扱い
・ケース横 → 猫が遊ぶ(猫がいなくても猫のせい)
これらすべて、
ギタリストの責任ではない(正式見解)
家族の理解は得られない。
■ 家族は“敵”ではなく、ギタリストの“通訳”だった
この事件を経て、気づいた。
家族はギターを理解してないようで、
実は私の“偏った価値観”を外部翻訳してくれる存在だ。
「それ、ゴミじゃなくて大事なやつ?」
「ケーブル全部同じに見えるけど違うの?」
「ギターって…気づいたら増えるものなの?そろそろ名簿作る?」
こういう質問に詰まるのは、
説明が下手な自分のせいだ。
家族のおかげで、
ギター沼に浸かりきった自分を客観視できる。
■ 最後に:ピック1枚で家族の距離がちょっと縮む
ピックは小さいけれど、
家族とギタリストの関係を測る
**高精度の“距離センサー”**みたいなものだ。
無くす → ケンカ
見つかる → 平和
また無くす → 物理法則が乱れる
見つけてもらう → なぜか嬉しい
この繰り返しこそ、
ギタリスト家庭の“日常コメディ”であり、
密かな幸せでもある。
おじさんギタリストは今日も思う。
「ピックは無くなってもいい。
家族は無くしたくない。」
(ただし明日またピックは消える。)
