― 時代の波に巻かれたギタリストの奮闘記 ―
■ おじさん、時代の荒波にスマホ1台で挑む
話は、SNSが「当たり前の空気」になる少し前にさかのぼる。
ライブの告知はフライヤー、近況報告は打ち上げ、想いは曲に込めて弾けば伝わる…そんな時代を普通に生きてきたおじさんギタリストにとって、自分の言葉を“公開前提”で投げる世界は、正直なところ未知の領域だった。
それでも気づけば、世の中は静かに、でも確実に変わっていた。
「発信しないと、存在しないも同然」
そんな空気に背中を押されるように、ある日ついに——。
おじさんギタリスト、SNSを始めた日のことは忘れられない。
ギター歴ウン十年(当時)の男が、なぜかスマホの前で震えていた。
「え… 投稿ってどのボタン?」
「リプって何? リプライスープ?(料理用語だと思った)」
「鍵アカって… どこに鍵を挿すんだ?」
配線図なら一瞬で理解できるのに、SNSのUIはまるで魔術書。
ノブもフェーダーも無い世界で、説明書は英語でもなく、誰も横にいない。
この時、おじさんは
“時代の波”という名の大海原に、スマホ1台で放り出されていた。
しかもボードは初心者用、ライフジャケットなし。
それでもなぜか、「まぁ、溺れたら溺れたでネタになるか」と思っているあたりが、年季の入ったおじさんギタリストである。
■ おじさん、タイムラインの速度に飲まれる
SNS初日。
画面には情報の洪水が押し寄せる。
・若者の軽快な語彙
・写真の圧倒的な美しさ
・動画編集の職人芸
・タグの使いこなし
・略語の応酬
おじさんギタリストは目を細めてつぶやく。
「TLって……タイムラグ? トーン・ラボ……? どっち……?」
正解はタイムライン。
でも理解するまでに小一時間かかった。
ギターのチューニングより難しい。
■ “いいね文化”という新しい沼
「いいね」が1つつくだけで胸が躍り、
つかないと背中が冷える。
若い頃、ライブの拍手には敏感だったが、
まさか “指で押される小さなハート” にここまで心を動かされるとは。
家族に言われる。
「あなた… そのハート、弦交換より気にしてない?」
……否定できないのが悔しい。
■ おじさん、ハッシュタグの迷宮に迷い込む
若者に倣って、タグを付けてみた。
家族:「夕飯は関係ないだろ。」
その通りである。
タグの“世界観”がまだ理解できていなかった。
今は慎重に選んでいる。
……が、時々まだ迷子になる。
■ 写真文化との摩擦
SNSを始めた頃、若い人に言われた。
「ギターの写真、もっと“映え”を狙ったほうがいいですよ!」
映えとは何だ。
音が良ければそれで良いのではないか。
だが世の中は違う。
・光の角度
・背景の色
・小道具の配置
・加工アプリのフィルター
ギタリストというより、
新米カメラマン に求められるスキルが多い。
おじさんギタリスト、軽く絶望する。(撮るのは諦めた。)
■ コメントの“温度感”が読めない問題
SNSの文章には温度がない。
だから難しい。
「いいですね!」
これが本気なのか社交辞令なのかAIなのか、全部曖昧である。
結果、おじさんは
礼儀100%の丁寧すぎる返信 をしてしまう。
若者:「めっちゃ丁寧ですね!笑」
おじさん:「いやぁ……こちらこそ……(戸惑い)」
それでも丁寧に返す。
それが礼儀だと思っているからだ。
■ それでも、SNSは“音の仲間”を連れてきた
慣れないSNSだが、ひとつだけ確信がある。
ギターの話をすると、必ず誰かが反応してくれる。
思い出を書くと、「分かる」と言ってくれる人が現れる。
時に励まされ、
時に笑われ、
時に救われる。
若い人の言葉に驚き、
同世代の言葉に支えられ、
遠くの誰かと音楽でつながる。
ギターを抱えていた頃には届かなかった場所に、
いまは言葉が届くようになった。
おじさんギタリストは今日も思う。
「SNSは難しい。でも悪くない。
だって、音を話せる仲間が増えたんだから。」
■ そして今、おじさんは迷わず歩いている
SNS初心者のおじさんギタリストも、
いまや迷子になることなく颯爽と歩いている。
・略語でつまずき
・タグで迷い
・写真に苦しみ
・ハートに一喜一憂し
・コメントに悩む
それでも続けられるのは、
そこに “音の匂い” があるからだ。
時代が変わっても、
ギターを愛する心だけは変わらない。
