おじさんギタリスト、無事に退院した。
めでたい。たしかにめでたい。
ただし、身体の中身はまだ「試運転中」だ。
まず声。
出ない。
正確に言うと、出るけど、思っていた場所に着地しない。
頭の中では「ここ!」と狙っているのに、
実際に出てくる音は、半音どころか人生ごとズレている感じがする。
昔は何も考えずに出していた声が、
今は一音一音、
「君、本当に出て大丈夫?」
と確認しながらじゃないと出てこない。
次に指。
これがまた言うことを聞かない。
命令は出している。
脳内では完璧なフレーズが流れている。
でも、指先が
「すみません、今そちらには行けません」
と丁寧に欠勤の連絡を入れてくる。
久しぶりにギターを構えると、
昔の自分が横から
「いやいや、そのスピードで行く曲じゃないだろ」
とツッコミを入れてくる。
正論なので反論できない。
声も指も、
どちらも壊れたわけじゃない。
ただ、前と同じ地図を持っていないだけだ。
道はあるけど、標識が減っている。
ナビはたまに沈黙する。
でも不思議なもので、
弾けないなりに、出ないなりに、
音を出すとちゃんと「今の自分の状態」が鳴る。
調子の悪さも、戸惑いも、間の悪さも、
全部そのまま音になる。
昔は
「ちゃんと弾けているか」
ばかり気にしていたけど、
今は
「今日の自分が、ちゃんとそこにいるか」
を確認している感じだ。
おじさんギタリスト、
声は前より控えめ、
指は前より慎重。
その代わり、
音の出る前の沈黙だけは、
前より少しうまくなった気がしている。
