おじさんギタリスト 声が出ない。指が動かない。

■ それでもやる、地味なリハビリの話。

退院して最初に思ったのは、
「よし、取り戻すぞ!」じゃなかった。

正直に言うと、
「え、こんなに出なかったっけ?」
だった。

声も指も、前の地図を持っていない。
ならば、地図を描き直すしかない。


■ 声のリハビリは、“歌わない”ことから始める

いきなり歌わない。
まずは、ため息を出す

はぁ……と吐く。
それを少し長く。
そのうち、かすかに音程が混ざる。

母音だけを出す。
「あー」じゃなくて、
小さく「うー」。

喉を“鳴らす”より、
喉に“空気を通す”感覚。

昔は声を前に飛ばしていたけど、
今は体の中で響いているかを確かめる。

正直、地味。
めちゃくちゃ地味。

でもこれ、ギターで言えば
チューニングを合わせる前の開放弦確認みたいなもの。

焦ると、すぐ裏返る。
だから、裏返る前でやめる。

やめどきが、いちばん大事。


■ 指のリハビリは、“速さを捨てる”こと

いきなりフレーズを弾かない。
スケールもやらない。

まずはコードを、
ゆっくり握るだけ。

鳴らさなくていい。
押さえて、離す。

次に、
開放弦を一本だけ鳴らす。
それを均等に。

指が「無理です」と言う前で止める。

若い頃は
「できるまでやる」が正義だった。

今は
「できる手前でやめる」が正義。

筋トレじゃない。
神経の再教育だ。


■ いちばんのリハビリは“雑談”

スタジオに行って、
いきなり弾かない。

まず喋る。

くだらない話をして、笑って、
そのあと一本だけ音を出す。

不思議なもので、
声も指も、
安心していると少しだけ動く。

体は、緊張していると固まる。
音楽も同じ。


■ できない日は、できないままで終わらせる

これが一番難しい。

昔なら
「今日はダメだった」で終われなかった。

今は
「今日はここまで鳴った」で終わる。

退院後のリハビリは、
回復の証明じゃない。

今日の自分の確認作業。


声は前より低い。
指は前より慎重。

でもその分、
音を出す前の沈黙が深くなった。

もしかしたら今は、
“速さ”を取り戻す時期じゃない。

音と、もう一度仲直りする時期。

おじさんギタリスト、
焦らず、
静かに、
しぶとく鳴らしていきます。


泣きたい夜のために、
こっそり録音しておいたあの曲。

「Picket Fences ピケットフェンス~ブロック捜査メモ~」
のエンディングで流れていたのを、
今でもはっきり覚えている。

物語が終わって、あの旋律が静かに流れ出す瞬間、
胸の奥がじわっと温度を変える感じが好きだった。

あのドラマが本当に好きで、
2001年にBSで再放送された時は、毎週欠かさず観ていた。

放送時間に合わせて生活を少しだけ整える、
あの感覚も含めて好きだったのだと思う。

そして今になって、ふと不思議に思う。
LAやフロリダにいた頃、
なぜDVDボックスを買わなかったのだろう、と。

あの頃なら簡単に手に入ったはずだ。
ショップに並んでいるのを横目で見ていた記憶さえあるのに、
なぜか「いつでも買える」と思ってしまった。

いつでも、は案外すぐに過去になる。

そんな小さな判断を、いまでも少しだけ後悔している。

でも、
その後悔ごと、あの曲のイントロに溶け込んでいる気もしている。

ピアノはみなさんの脳内で響かせてください。

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