🎵 Split Enz史 第12.6ç«  Bonus Track 『Counting the Beat』The Swingers1981

    Philおじさんが1䜍になった頃、䞉人はもう揃っおいなかった

    客が8人しかいなかった倜

    バンドを長くやっおいるず、客垭の人数を数えおしたう倜がある。

    別に満員でなければ嫌だずいう話ではない。
    聎いおくれる人が䞀人でもいれば、その人のために挔奏する。
    それは分かっおいる。

    ただ、ステヌゞに䞊がっお照明が぀いた時、
    思っおいたより客垭がずっず寂しいず、少しくらい気持ちは揺れる。

    若い頃なら、勢いで䜕ずかしたかもしれない。

    50代の今なら、終挔埌の片付けず垰り道の長さたで考えおしたいそうだ。笑

    1979幎、The Swingersにもそんな倜があった。

    ニュヌゞヌランドのTimaruで挔奏した時、
    土曜の倜だずいうのに、芳客はわずか8人。
    Wellingtonでも十数人しか集たらなかったこずがあったずいう。

    しかも圌らは、客を呌ぶために有名な曲をカバヌしようずはしなかった。

    挔奏するのは自分たちの曲だけ。

    Phil Judd、Bones Hillman、Buster Stiggs。

    この䞉人は、ただ誰も知らない曲を持っお、各地のステヌゞに立っおいた。

    前回のBonus Trackでは、PhilがSplit Enzを離れ、
    The Swingersずいう新しいバンドを䜜るずころたで远いかけた。

    今回はその続き。

    このあずPhilおじさんには、思いがけないほど倧きな成功がやっおくる。

    ただし、どうも話はそれほど簡単ではなかったらしい。


    『Counting the Beat』The Swingers

    ArtistThe Swingers
    SongCounting the Beat
    Release1981幎
    Recording1980幎
    SongwritingPhil Judd / Bones Hillman / Buster Stiggs
    ProducerDavid Tickle
    LabelMushroom RecordsオヌストラリアRipper Recordsニュヌゞヌランド
    Album『Practical Jokers』1981


    1981幎、「Counting the Beat」はオヌストラリアずニュヌゞヌランドの䞡方でチャヌト1䜍を獲埗した。

    オヌストラリアでは6週間、ニュヌゞヌランドでは4週間にわたっお銖䜍に立ったずいう。

    数幎前、Split Enzの䞀員ずしお海を枡り、
    思うようにいかない時期を過ごしおいたPhil Juddが、
    今床は自分のバンドで倧ヒットを手にした。

    Neil Finnが「I Got You」で成功した翌幎のこずだった。

    少し出来すぎた話にも芋える。

    けれど、そこぞ至るたでのThe Swingersは、華やかな成功ずはずいぶん遠い堎所にいた。


    機材を運ぶ車さえなかった

    The Swingersのベヌシスト、Bones Hillmanが埌幎のむンタビュヌで話しおいた゚ピ゜ヌドがある。

    圓時の圌らは、ラむブ䌚堎ぞ機材を運ぶための車にも苊劎しおいた。

    そこでBonesが考えた方法が、なかなか倧胆だった。

    䞭叀車販売店ぞ行き、バンを買いたい客のふりをしお詊乗させおもらう。

    その車で仲間のずころぞ向かい、機材を積み蟌んでラむブ䌚堎ぞ運び、終わったら車を返す。

    今なら、ちょっず埅おず蚀われそうな話である。笑

    もちろん耒められた方法ではないけれど、
    圓時の圌らがどれほど䜙裕のない状況で挔奏しおいたかは䌝わっおくる。

    売れるかどうかも分からない。

    客が䜕人来るかも分からない。

    それでもリハヌサルをしお、曲を䜜っお、ラむブに出かける。

    私はこういう話を聞くず、挔奏の䞊手い䞋手ずは別のずころで、
    ミュヌゞシャンぞの芪近感が湧いおしたう。

    音楜を続けるには、音楜以倖のこずもずいぶんやらなければならない。

    ギタヌを匟く時間より、機材を運んでいる時間の方が長い日だっおある。

    そしお、その頃の䞉人には、すでにかなりの数のオリゞナル曲があった。

    1979幎から1980幎にかけお、The Swingersはラむブを重ね、
    ニュヌゞヌランドでは少しず぀知られる存圚になっおいく。

    1980幎のシングル「One Good Reason」は、囜内チャヌト19䜍たで䞊がった。

    倧ヒットではない。

    でも、客垭が8人だったバンドにずっおは、ずいぶん遠くたで来たこずになる。


    Bonesが忘れおしたったベヌスラむン

    「Counting the Beat」が生たれた時の話が、私はずおも奜きだ。

    ある日のリハヌサル。

    Bones Hillmanが䜕気なくベヌスを匟いおいた。

    それを聎いたPhilが、今のフレヌズは䜕だ、ず反応する。

    ずころがBones本人は、自分が䜕を匟いたのか芚えおいない。

    もう䞀床匟いおくれず蚀われおも、分からない。

    そこでPhilがBonesの指をベヌスの指板に眮いお、さっきの音を思い出させたずいう。

    Buster Stiggsが埌幎に語った、曲の誕生゚ピ゜ヌドだ。

    なんずもいい話ではないか。

    䜜曲ずいうず、誰かが机に向かっお䞀生懞呜考え抜いた結果、
    玠晎らしいメロディヌが生たれるような印象がある。

    もちろん、そういう曲もある。

    でも実際のスタゞオでは、誰かが䜕ずなく匟いた音に、別の誰かが反応するこずがある。

    本人は気づいおいない。

    でも、隣で聎いおいた人の耳には匕っかかる。

    「今の、もう䞀回」

    この䞀蚀から始たる曲がある。

    私もギタヌを匟いおいお、䜕ずなく指が動いた瞬間に、
    思いがけないフレヌズが出おくるこずがある。

    問題は、その盎埌に同じこずをやろうずしおも、なぜか出来ないこずだ。

    録音しおおけばよかった。

    䜕床そう思ったか分からない。

    若い頃から今たで、そこだけはあたり進歩しおいない。笑

    The Swingersの堎合は、幞いにもPhilがその音を聎き逃さなかった。

    Bonesがベヌスラむンを思い出すず、䞉人はそこから曲を䜜り始めた。

    Busterによれば、最初に挔奏を合わせた時から、
    圌ずBonesはバックコヌラスも歌っおいたずいう。

    あの曲の楜しさは、きっずその時点ですでにあったのだず思う。

    誰か䞀人が完成させた曲を、ほかの二人が挔奏したのではない。

    䞉人が同じ郚屋にいお、互いの音を聎きながら生たれた曲だった。


    ギタヌが目立たないギタリストの曲

    改めお「Counting the Beat」を聎いおみる。

    冒頭から、劙に萜ち着かない。

    ベヌスが前ぞ出お、ドラムがそれを远いかける。

    ギタヌは倧きなコヌドを鳎らしお曲を匕っ匵るずいうより、短く刻みながら、リズムの隙間ぞ入っおくる。

    あたりギタリストらしく嚁匵っおいないギタヌだ。

    けれど、このギタヌがいなくなるず、曲の衚情はずいぶん倉わっおしたうず思う。

    Philの声も面癜い。

    力匷く歌い䞊げるわけではない。

    どこか人をからかっおいるようにも聞こえるし、自分自身を笑っおいるようにも聞こえる。

    それなのに、サビは劙に耳ぞ残る。

    La-da-de-da, la-da-de-da, la-da-de-da, la-da-de-da
    La-da-de-da, la-da-de-da, la-da-de-da, la-da-de-da
    La-da-de-da, la-da-de-da, la-da-de-da, la-da-de-da

    Split Enz時代のPhilを知っおいるず、この声に少し懐かしいものを感じる。

    ただ、呚りの音がたるで違う。

    昔は鍵盀や管楜噚、さたざたな音がPhilの声の呚りを動いおいた。

    The Swingersでは、ベヌスずドラムが䜜る堎所に、Philのギタヌず声が収たっおいる。

    䞉人しかいないから、誰かが少し前に出れば、ほかの二人がその分だけ堎所を空ける。

    Busterはこの曲のドラムに぀いお、
    挔奏䞊の䞍揃いな郚分も含めお冗談亀じりに振り返っおいる。

    その話を知っおから聎くず、私はたすたす面癜くなる。

    きっちり敎った挔奏だけが、人を動かすわけではない。

    少し前のめりになったり、誰かの音を远いかけたりする感じが、
    そのたた曲の勢いになるこずもある。

    50代になった今は、そんな挔奏の方に耳が向くこずが増えた。


    数を数えおいるのに、止たっおいられない

    「Counting the Beat」ずいうタむトルを日本語にすれば、
    拍を数える、あるいはビヌトを数える、ずいったずころだろうか。

    ただ、この曲を聎いおいるず、冷静に数字を数えおいる人の歌にはあたり聞こえない。

    身䜓が先に動いおしたう。

    声も、ベヌスも、ドラムも、じっずしおいられない。

    Philの歌い方には、どこか皮肉っぜいものがあるのに、䞉人で鳎らす音はずいぶん楜しそうだ。

    このちぐはぐな感じがいい。

    音楜をやっおいる人間が、い぀も幞せな気持ちで挔奏しおいるわけではない。

    疲れおいる日もある。

    人間関係が面倒な日もある。

    それでも、音を合わせた瞬間だけは、劙に楜しくなっおしたうこずがある。

    「Counting the Beat」には、そんな時間が閉じ蟌められおいるように聞こえる。


    ここにもDavid Tickleがいた

    The Swingersがオヌストラリアぞ枡り、
    レコヌディングを始めた時、圌らの前に珟れたのがDavid Tickleだった。

    そう。

    Split Enzの『True Colours』を手掛けた、あのDavid Tickleである。

    Phil Juddが離れたSplit Enzは、David Tickleず「I Got You」を䜜っお倧成功した。

    そしおPhil Juddが新しく䜜ったThe Swingersも、
    同じDavid Tickleず「Counting the Beat」を録音しお倧成功する。

    別々の道を歩いおいた二぀のバンドに、同じプロデュヌサヌが関わっおいた。

    私はこういう巡り合わせが奜きだ。

    David Tickleは「Counting the Beat」のベヌスずドラムの音を、
    実に力匷く仕䞊げおいる。

    Busterも埌幎、あの倧きなドラムずベヌスの音に぀いお、Tickleの仕事を評䟡しおいた。

    音を倪くするだけなら、ほかにも方法はある。

    でも、The Swingersの堎合は、䞉人の挔奏が持っおいた萜ち着きのなさを消しおしたっおはいけない。

    あの曲は、敎えすぎるず少し぀たらなくなりそうだ。

    そのあたりの加枛が、私は奜きだ。


    1䜍になった時、もう䞉人ではなかった

    ずころが、ここから話が少し寂しくなる。

    「Counting the Beat」は1980幎に録音され、1981幎初頭に発売された。

    そしお、レコヌドが䞖の䞭に出る前の1980幎12月、Buster StiggsはThe Swingersを去っおいた。

    倧ヒットを生んだオリゞナルの䞉人は、その成功を同じステヌゞで迎えられなかった。

    理由を䞀぀に決め぀けるのは難しい。

    Busterは埌幎、Philが別のドラマヌを探しおいるず聞いたこずを、脱退のきっかけずしお語っおいる。

    䞀方、Bonesの蚌蚀には、圓時の生掻環境の違いや、䞉人の間に生じた䞍満が出おくる。

    オヌストラリアで生掻しおいた頃、PhilずBonesは苊しい暮らしをしおいた。

    それに察しおBusterは、Neil FinnやNoel Crombieのずころに身を寄せおいたずいう。

    ああ、ここでもSplit Enzの名前が出おくるのか、ず思っおしたった。

    ただ、䜏む堎所の違いだけでバンドが壊れたわけではないだろう。

    毎日䞀緒に挔奏しお、移動しお、仕事をしおいるず、ほんの小さな䞍満が積もっおいくこずがある。

    音楜の方向性。

    お金。

    生掻。

    誰がどれだけ頑匵っおいるのか。

    誰が䜕を我慢しおいるのか。

    バンドの䞭では、挔奏の息がぎったり合っおいおも、生掻の呌吞たで合うずは限らない。

    Busterは脱退埌、The Modelsぞ加入した。

    The Swingersには新しいドラマヌ、Ian Gilroyが入った。

    そしお「Counting the Beat」が1䜍になった。

    なんずも皮肉な順番だ。

    あのベヌスラむンを䞉人で曲にした時には、
    きっず誰もこんな展開を考えおいなかったず思う。


    倧ヒットのあずに倱われた曲たち

    さらに惜しいのは、The Swingersがそれたでラむブで挔奏しおいた曲の倚くが、アルバムに残されなかったこずだ。

    1981幎のアルバム『Practical Jokers』を制䜜する際、バンドはそれたでのレパヌトリヌを䞭心に録音するのではなく、新しい曲を䜜る方向ぞ進んだ。

    Busterは埌幎、この刀断を匷く残念がっおいた。

    圌らが時間をかけお育お、ニュヌゞヌランドの客垭で手応えを埗おいた曲が、十分な圢で蚘録されなかったからだ。

    これは挔奏する偎ずしお、少し胞が痛い。

    ラむブで䜕床も挔奏しおいる曲には、独特の身䜓の蚘憶がある。

    ここでベヌスが前ぞ出る。

    ここでドラムが少し埅぀。

    ここでギタヌを匟かない方がいい。

    そんなこずを、蚀葉にしなくおも分かるようになる。

    もちろん、新しい曲を䜜るこずが悪いわけではない。

    でも、せっかく䞉人で育おおきた曲を残さずに、
    新しい䜓制で䞀から始めるこずには、別の難しさもあったはずだ。

    しかも『Practical Jokers』には、新しいドラマヌによっお録り盎された「Counting the Beat」も収録された。

    ぀たり、シングルで倧ヒットした挔奏ず、アルバムで聎ける挔奏は同じものではない。

    こういうずころたで知っおしたうず、぀い聎き比べたくなる。

    ギタリストの悪い癖である。

    いや、悪い癖ずいうより、もう仕事の埌遺症かもしれない。笑


    売れた曲が、次の曲を難しくする

    「Counting the Beat」の成功は、ずにかく倧きかった。

    テレビに出挔し、レコヌドは売れ、以前なら考えられなかったほど倚くの人がThe Swingersの名前を知るようになった。

    ずころが、次のシングルは同じようには売れなかった。

    「It Ain't What You Dance, It's the Way That You Dance It」はニュヌゞヌランドでは4䜍になったものの、オヌストラリアでは期埅したほどの成功を収められなかった。

    続く「One Track Mind」も、あの倧ヒットには届かなかった。

    私はここで、少し考えおしたう。

    長い間、自分たちの音楜を聎いおほしいず思っお挔奏しおきた。

    ようやく倧勢の人が聎いおくれるようになった。

    ずころが今床は、その人たちが、あの䞀曲をもう䞀床求めおくる。

    「Counting the Beat」みたいな曲を。

    もう䞀床、あの感じを。

    でも、あの曲は最初から狙っお䜜ったわけではない。

    Bonesが䜕気なく匟いたベヌスラむンから始たった曲だった。

    同じこずをもう䞀床やろうずしおも、そう簡単にはいかない。

    むしろ、もう䞀床やろうず意識した瞬間に、䜕かが倉わっおしたうこずもある。

    Phil自身も埌幎、The Swingersでの挔奏は倧倉な仕事だったず振り返っおいる。

    䞉人線成では、ギタヌを匟きながら歌い続けなければならない。

    ステヌゞの䞊で、身䜓を䌑める堎所が少ない。

    そしお、ポップな曲を䜜るこずに倢䞭になるうち、少し自分の進む方向を芋倱ったようにも感じおいたらしい。

    倧ヒットは確かに成功だった。

    けれど、成功したからこそ難しくなったこずもあった。


    もう䞀぀の映画ぞの道

    The Swingersは1982幎のオヌストラリア映画『Starstruck』にも関わっおいる。

    バンドずしお出挔し、楜曲も提䟛した。

    Philは埌幎、映画やテレビの音楜を手掛けるようになるが、その道ぞ぀ながる経隓の䞀぀が、この䜜品だった。

    少し面癜いのは、バンドがうたく動けない時期に、この映画の仕事が圌らを支えおいたこずだ。

    新しいドラマヌのIan Gilroyが手銖を骚折したこずもあり、バンドの掻動は思うように進たなかった。

    Philは圓時のむンタビュヌで、映画の仕事が経枈的にも粟神的にも助けになったず話しおいる。

    ラむブができない。

    レコヌドも思うように売れない。

    でも、別の堎所から音楜の仕事がやっおくる。

    私はこういう話にも、少し芪しみを感じる。

    ミュヌゞシャンの仕事ずいうのは、必ずしもステヌゞの䞊だけにあるわけではない。

    誰かの映像に音を付けたり、ほかの人の曲をアレンゞしたり、名前の目立たない仕事を匕き受けたりする。

    そうやっお音楜ずの関係が続いおいくこずもある。

    PhilはSplit Enzのギタリストずしお知られ、The Swingersでは倧ヒットを出した。

    でも、そのあずもずっず、別の圢で音を䜜り続ける人になる。

    このあたりは、たたい぀かゆっくり远いかけたい。


    Philおじさんが芚えおいた時間

    The Swingersは1982幎に掻動を終えた。

    成功のあずには、メンバヌ間の察立もあった。

    埌幎になっおも、その頃の刀断を残念に思う人がいた。

    だから、このバンドを矎しい友情の物語ずしおたずめるこずはできない。

    実際、人間関係ずいうのはそんなに簡単なものではないず思う。

    それでも、私が最埌に曞いおおきたい話がある。

    2018幎、Buster Stiggsが亡くなった。

    2020幎には、Bones Hillmanも亡くなった。

    BonesはThe Swingersのあず、Midnight Oilのベヌシストずしお長く掻躍した人でもある。

    圌が亡くなった時、Phil Juddは昔のバンド仲間を悌む蚀葉を残しおいる。

    そこでPhilは、Bonesのベヌシストずしおの盎感の玠晎らしさに觊れ、
    The Swingersでのリハヌサルやラむブが、
    自分の音楜人生でも特に楜しい時間だったず振り返っおいた。

    即興で䜕かを匟き始めるず、BonesずBusterがすぐに反応しおくれた。

    䞉人で音を合わせるこずが、たたらなく楜しかったのだずいう。

    ああ、そうだったのか。

    私はここで、少しだけ安心した。

    あれほど倧きな成功を収めたバンドなのに、途䞭で関係が難しくなっおしたった。

    残せなかった曲もある。

    蚀い分の違いもある。

    埌悔も、きっずあっただろう。

    でもPhilの䞭には、䞉人で音を出しおいた時間が残っおいた。

    それも、かなり倧切な時間ずしお。

    私は50代になっお、昔䞀緒に挔奏した人たちのこずを思い出す機䌚が増えた。

    もう䜕幎も䌚っおいない人がいる。

    今では連絡を取っおいない人もいる。

    䞀緒に仕事をしおいた頃は、いろいろなこずがあった。

    腹が立ったこずも、意芋が合わなかったこずもある。

    それなのに、䞍思議なもので、䜕十幎も経っお思い出すのは、
    スタゞオで誰かが倉なフレヌズを匟いお、
    みんなで笑ったような堎面だったりする。

    もちろん、嫌だったこずが党郚消えるわけではない。

    ただ、それずは別に、楜しかった時間もちゃんず残っおいる。

    PhilがBonesの蚃報に際しお語ったのは、
    チャヌト1䜍の蚘録でも、レコヌドの売䞊でもなかった。

    䞉人で音を合わせおいた頃のこずだった。

    「Counting the Beat」をもう䞀床聎く。

    あのベヌスラむンが始たる。

    ドラムが入る。

    Philのギタヌが、その間を现かく刻む。

    客が8人しかいなかった頃も、機材を運ぶ車に困っおいた頃も、
    きっずこの䞉人は、こんなふうに音を合わせおいたのだろう。

    レコヌドが1䜍になった時には、もう䞉人は揃っおいなかった。

    それでも、あの録音の䞭では、今も䞉人が䞀緒に挔奏しおいる。

    Philおじさん。

    ずいぶん遠回りしたけれど、いい曲を残したね。

    そしお、あのベヌスラむンを忘れおしたったBonesの指を、
    元の堎所ぞ戻しおくれおありがずう。

    あそこで思い出せなかったら、この曲は生たれなかったかもしれない。

    ギタヌを匟く人間ずしおは、そこがどうにも気になっおしたう。

    䜕十幎経っおも、曲の始たりは案倖そんな小さな瞬間にある。

    今日もスタゞオでは、誰かが䜕気なく音を出しおいる。

    たぶん本人は、ただ気づいおいない。

    画像
    『Counting the Beat』The Swingers1981


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    怜玢察象Practical Jokers / The Swingers

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