🎵 Split Enz史 第16章|『See Ya ‘Round』(1984)

    1984年。

    長く続いたバンドが終わる時、いったい誰が最後の一曲を決めるのだろう。

    中心人物だった人か。
    残されたメンバーか。
    それとも、いつの間にか決まってしまうものなのか。

    Split Enzの最後のスタジオアルバム『See Ya 'Round』を聴きながら、そんなことを考えた。

    1972年にTim FinnとPhil Juddが始めたバンドは、いつの間にか随分遠いところまで来ていた。

    奇妙な衣装を着ていた時代があり、Philが去り、Neilが加わり、世界的なヒットも生まれた。

    そして1984年、Timまでいなくなった。

    中心にいた二人の創設者が、どちらもいない。

    その状態で、Split Enzはもう一枚アルバムを作った。

    不思議なことに、そこには悲壮感ばかりがあるわけではない。

    いつものように変な曲もある。
    妙に明るい曲もある。
    何を考えて作ったのか、一度では分からない曲もある。

    最後まで、なかなか一筋縄ではいかないバンドだった。


    Timが去ったから、終わったわけではない

    1983年、Tim Finnのソロアルバム『Escapade』は大きな成功を収めた。

    そして翌1984年6月、TimはSplit Enzからの脱退を表明する。

    第15章で取り上げた『Conflicting Emotions』(1983)の時点で、バンド内の音楽的な方向性にはすでに違いが生まれていた。

    だからといって、Timの脱退がそのまま解散の原因だった、と決めつけるのは正しくない。

    ここで、当時のNeil自身の発言が重要になる。

    1984年8月のニュージーランド音楽誌『Rip It Up』で、Neilは、兄の脱退とバンドの終わりがほぼ同時期になったため、両者が直接結びつけられるかもしれないが、実際にはそうではなかったと説明している。

    Timの書く曲とバンドが演奏したい音楽との間には違いがあった。

    しかし、それは個人的な対立ではなく、あくまで音楽上の問題だったという。

    さらにNeil自身も、19歳でSplit Enzに加入して以来、ほとんどほかのバンドで活動したことがなかった。

    七年間、ずっとSplit Enzだった。

    自分の音楽を、別の場所で試してみたい。

    その気持ちは、Timの脱退とは別に育っていた。

    実際、Timが抜けた後も一度はバンドを続けることを考えたものの、Neilはほどなく、自分も離れる意向をメンバーに伝えている。

    つまり、Split Enzは兄弟喧嘩で壊れたわけではなかった。

    それぞれが、今までとは違う音楽を求め始めていた。

    そう考えると、この最後のアルバムの聴こえ方も少し変わってくる。

    誰かが悪かったから終わったのではない。

    同じ場所で音を鳴らし続ける理由が、少しずつ変わってしまったのだろう。

    バンドというのは、難しい。

    仲が良いだけでは続かない。
    演奏が上手いだけでも続かない。

    同じ方向を向いているつもりでも、いつの間にか見ている景色が違っていることがある。

    それでも、最後にもう一枚作る。

    そこがSplit Enzらしいと思う。


    『See Ya 'Round』(1984)

    Artist:Split Enz
    Album:See Ya 'Round(1984)
    Release:1984年11月
    Producer:Jim Barton / Split Enz
    「Kia Kaha」共同プロデュース:Hugh Padgham / Eddie Rayner
    Label:Mushroom Records
    Recording:AAV Studios, Melbourne

    メンバー

    Neil Finn — Vocals / Guitar
    Eddie Rayner — Keyboards / Backing Vocals
    Nigel Griggs — Bass / Backing Vocals
    Noel Crombie — Percussion / Backing Vocals
    Paul Hester — Drums / Backing Vocals

    エンジニア:Jim Barton / Doug Brady
    アシスタント・エンジニア:Peter Thompson
    ジャケットデザイン:Noel Crombie

    画像
    See Ya 'Round(1984)

    収録曲は全11曲。

    前半の六曲はNeil Finnが作曲に関わり、後半ではEddie、Nigel、Paul、Noelの作品も登場する。

    正確に言えば、B面にもNeil作の「Kia Kaha」が収録されているので、きれいに二分されているわけではない。

    ただ、これまでのSplit Enzとは少し違い、メンバーそれぞれの個性が前に出ているのは確かだ。

    Neilの曲だけでアルバムを完成させることもできたのかもしれない。

    でも、最後に残されたのは、ほかのメンバーたちの曲も含めた一枚だった。

    私は、この構成が気になっている。

    バンドの最後に、全員の名前が残る。

    もちろん、それが制作側の明確な意図だったかどうかは分からない。

    ただ、結果として、そういうアルバムになった。


    A面に刻まれた、Neil Finnの決意

    01|Breakin' My Back

    作詞・作曲:Neil Finn

    最初の曲から、Neilは少々疲れている。

    タイトルの「Breaking My Back」は、直訳すれば背中を折ることだが、身を粉にして働く、無理を重ねる、といった意味にもなる。

    歌詞には、自分を助けてほしい、力を与えてほしいという願いが出てくる。

    強いはずなのに、なぜ自分はつまずいてしまうのか。

    そんな疑問もある。

    If I am strong, why do I falter
    強くありたいと思っているのに、どうしてこんなにつまずくんだろう。

    ここは、ちょっといい。

    何でもできる人の言葉ではない。

    自分を強いと思いたいのに、実際にはそうでもない。

    それを認めている。

    この曲を聴いて、バンドの終わりを直接歌っていると断定するつもりはない。

    ただ、七年間Split EnzにいたNeilが、最後のアルバムの冒頭でこういう歌を歌っている。

    その偶然には、少し引っかかる。

    昔は、忙しくても何とかなった。

    寝れば疲れが取れたし、次の日にはまたギターを持てた。

    今はそうもいかない。

    疲れが翌日まで残るどころか、時々、二日ほど居座っている。笑

    でも、疲れているから何もしたくないというわけでもない。

    まだやりたいことがある。

    この曲には、そういう少し面倒な人間の感じがある。

    歌詞の終盤には、自分はまだ改善できるという趣旨の言葉も出てくる。

    大げさな決意表明ではない。

    自分の情けなさを分かっていながら、それでも諦めきれない。

    アルバムの一曲目として、意外と似合っている。

    Kia Kaha
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    02|I Walk Away

    作詞・作曲:Neil Finn

    この曲については、以前、かなり詳しく書いた。

    「Love & Success」という初期デモから、Split Enz版「I Walk Away」へ。

    そして、後にCrowded Houseでも録音される。

    同じメロディを持ちながら、言葉もアレンジも変わっていった曲だ。

    以前の記事では、その変化をNeilの人生と重ねながら追いかけた。

    今回、改めて重要だと思ったのは、Neil自身が1984年に語っていたことだ。

    この曲は、未来へ向かう決意を固めるような歌にしたかった。

    しかし、悲しさもある。

    そして、Timと自分の関係だけを歌ったものではなく、自分とバンドとの関係、何かから歩き去ることについての歌だと説明している。

    ここは、はっきりしておきたい。

    「I Walk Away」は、兄弟の決別を描いた歌だと単純に片づけられるものではない。

    Neil本人が、そうではないと語っているのだから。

    It's hard to let go
    手放すのは、つらい。

    短い言葉だ。

    でも、これだけで十分な気もする。

    何かを終える時、前向きな理由があったとしても、手放すことそのものが簡単になるわけではない。

    Split Enz版には、まだあのバンド特有の賑やかさが残っている。

    一方、Crowded House版では、音の置き方も歌詞の一部も変わる。

    特に、家から未知の場所へ放り出されるような感覚が加わるところが興味深い。

    出ていくことを決めた人間が、実際に外へ出てみたら、思っていたより寒かった。

    そんなふうにも聴こえる。

    ギタリストとしても、この二つの録音は面白い。

    同じ曲をもう一度録音する時、単に上手く弾き直すだけでは意味がない。

    どこを残して、どこを引くのか。

    歌の居場所をどう変えるのか。

    そこに、演奏者の考え方が出る。

    この曲については、以前のライナーノーツでデモからCrowded House版まで詳しく書いている。

    ▶ 関連記事:『Love And Success』から『I Walk Away』へ — Split Enz / Crowded House


    Crowded House史に入った時にも、もう一度この曲へ戻るつもりだ。

    Neilが同じ曲を、なぜ新しいバンドでも録音したのか。

    そこには、まだ伝えたいことがある。

    03|Doctor Love

    作詞・作曲:Neil Finn

    「ドクター・ラブ」。

    名前だけ聞くと、少々ふざけたラブソングのようにも思える。

    ところが歌詞を読んでみると、そう単純でもない。

    傷やあざ、折れた骨、火傷した指。

    人間は互いを傷つけ、怒りの傷跡を残してしまう。

    そんな言葉が出てくる。

    その一方で、ドクター・ラブがすべてを治してくれるという。

    少しおかしい。

    まるで万能の医者が登場するような話だ。

    しかし、その医者が本当に必要なのは、身体の傷だけではないのかもしれない。

    歌詞の後半には、こんな一節がある。

    I'd say you need a friend
    君には友達が必要なんじゃないかな。
    Someone to tell the truth
    耳の痛いことも、ちゃんと言ってくれる誰かが。
    I'd say you don't look too well
    どうも、あまり元気そうには見えないんだ。
    The Doctor could be good for you
    あの先生なら、君の力になってくれるかもしれない。

    ここでNeilは、相手に何かを押しつけているわけではない。

    I'd say。

    「私なら、こう思うけどね」。

    そんな控えめな言い方を、二度繰り返している。

    相手のことが心配なのだろう。

    でも、何が問題なのかを自分が全部分かっているような口ぶりではない。

    それが、少し優しい。

    そして、必要なのは薬でも手術でもなく、まず友達なのかもしれない。

    しかも、ただ慰めてくれる人ではない。

    本当のことを言ってくれる人だ。

    これは案外、難しい。

    歳を重ねると、耳の痛いことを言ってくれる人は、少しずつ減ってくる気がする。

    自分だって、相手に嫌われたくなくて、言葉を飲み込むことがある。

    だからこそ、この一節は妙に現実的に聞こえる。

    もちろん、Neilがここで描いているドクター・ラブが、具体的に誰を指しているのかは分からない。

    本当の医者なのか。

    誰かの愛情なのか。

    あるいは、少し皮肉を込めた架空の人物なのか。

    ただ、曲名の軽さと歌詞の中身との距離が面白い。

    Split Enzには、こういう少し変わったユーモアがよく似合う。

    Phil Juddの頃から、真面目なことを真面目な顔だけでは語らないバンドだった。

    Neilもまた、その空気の中で長く音楽を作ってきた。

    「Doctor Love」。

    何でも治してくれそうな名前だけれど、結局、人の心を少し楽にするのは、正直に話してくれる誰かなのかもしれない。

    04|One Mouth Is Fed

    作詞・作曲:Neil Finn

    この曲は、「I Walk Away」に続くシングルとして発売された。

    そして、解散前に発表された最後のSplit Enzのシングルとなった。

    曲名だけを見ると、少し意味がつかみにくい。

    「一つの口が満たされる」。

    しかし、歌詞を読むと、もう少しはっきりする。

    As one mouth is fed
    一人が満たされる、その一方で……

    この後には、別の誰かが与えられずにいる、という言葉が続く。

    誰かの幸福の裏側に、別の誰かの痛みがある。

    自分が幸せな時にも、どこかで誰かが泣いている。

    そんな不均衡が、この曲の中にはある。

    ただし、社会問題だけを歌った曲だと決めるのも早い。

    歌詞には、夢から覚めた時の感覚や、恋人同士の親密な場面も登場する。

    大きな世界の不公平と、個人的な幸福。

    その二つが同じ曲の中に置かれている。

    私は、そこが面白いと思う。

    幸せな時、人は案外、自分の周囲しか見ていない。

    それが悪いという話ではない。

    でも、ふとした瞬間に、別の誰かの人生が見えてしまうことがある。

    この曲は、その瞬間を歌っているようにも聴こえる。

    最後のシングルとしては、ずいぶん複雑な感情を持った曲だった。

    派手な別れの歌ではない。

    世界が自分の思いどおりにはならないことを、少し冷めた目で見つめている。

    05|Years Go By

    作詞・作曲:Neil Finn / Eddie Rayner

    この曲には、少し不思議な話がある。

    Neil Finnが歌う「Years Go By」と、Tim Finnが歌う「Mr. Catalyst」。

    この二曲の前奏や間奏を聴き比べると、よく似たフレーズが登場する。

    しかも、調べてみると面白いことが分かった。

    「Years Go By」はNeil FinnとEddie Raynerの共作。

    一方、「Mr. Catalyst」もTim FinnとEddie Raynerの共作として記録されている。

    つまり、どちらの曲にもEddieが関わっているのだ。

    これは興味深い。

    ただし、二曲の共通するフレーズがどのように生まれたのか、制作の詳しい経緯は確認できていない。

    どちらかの曲からもう一方へ取り入れたのか、それとも別の事情があったのか。

    そこは、まだ分からない。

    最終的に、1984年の『See Ya 'Round』へ収録されたのはNeilが歌う「Years Go By」だった。

    一方、「Mr. Catalyst」は当時発表されず、1992年のボックスセット『Split Enz 1980–1984』に付属したレア音源集『Rear Enz』に収録された。

    だからといって、Neilの曲がTimの曲との選考に勝ったというわけではない。

    そういう決定があったという資料は見つかっていないからだ。

    それでも、同じEddieが関わった二曲が、違う道をたどったというのは面白い。

    そして、話はこれだけでは終わらない。

    2006年、『See Ya 'Round』がCDで再発された時のこと。

    初期の一部の盤で、ボーナストラックとして収録されるはずだった「Next Exit」の代わりに、なんと「Mr. Catalyst」が入ってしまった。

    しかも、曲名の表示は「Next Exit」のまま。

    1984年には収録されなかったTimの曲が、22年後、間違って最後のアルバムに入り込んでしまったのである。

    何とも奇妙な再会だ。笑

    そして、もう一つ。

    「Years Go By」のNeilのギターソロは、七つのテイクを編集して作られたものだという。

    七テイク。

    ギターソロというのは、演奏する側にとっても厄介なものだ。

    一回目が一番良かったりする。

    二回目は少し欲が出る。

    三回目で余計なことを弾く。

    そのうち、何が正解だったのか分からなくなる。笑

    もちろん、実際にどういう理由で七つのテイクを組み合わせたのかまでは分からない。

    でも、あの完成したソロが一回の演奏ではなかったという事実は面白い。

    曲の中では、長い年月が過ぎていく一方で、たった一分で人生が変わることもあると歌われる。

    何十年も音楽をやっていると、時間の感覚がおかしくなることがある。

    昨日のように覚えているステージが、実際には随分昔だったりする。

    逆に、ほんの数分の演奏が、その後の何年にも影響したりする。

    「Mr. Catalyst」と「Years Go By」。

    同じ時代に作られた二曲が、それぞれ違う年月を経て、今も聴くことができる。

    そして、七つのテイクから組み立てられたギターソロも残っている。

    曲名は「Years Go By」。

    年月は過ぎていく。

    あの共通するフレーズが、どんな経緯で二曲に残ったのか。

    いつかEddie本人の言葉で聞いてみたい話である。

    06|Voices

    作詞・作曲:Neil Finn

    この曲については、以前に一本のライナーノーツを書いた。

    私自身もカバーしている曲なので、ほかの曲とは少し違う距離感がある。

    そして、今回調べ直して、改めて面白いと思った事実がある。

    「Voices」は、NeilがSplit Enzに加入する前に活動していたAfter Hours時代の曲「Fallout With the Lads」を作り直したものだった。

    つまり、Split Enz最後のスタジオアルバムに、Neilが加入前に書いた曲の一部が戻ってきたことになる。

    これは、偶然にしても興味深い。

    Neilは1977年にSplit Enzへ加入した。

    その後、バンドの中心的なソングライターとなり、「I Got You」や「One Step Ahead」「Message to My Girl」などを書いてきた。

    そんなNeilが、最後のアルバムで、自分のもっと昔の曲をもう一度取り上げている。

    そこに本人が特別な意味を込めたかどうかは分からない。

    でも、昔作った曲が何年も後になって別の形で戻ってくるというのは、音楽を作る人間には少し分かる話でもある。

    曲というのは、完成したと思っても終わっていないことがある。

    昔のメロディを弾いてみたら、突然、今の自分に合うことがある。

    逆に、当時は気に入っていたのに、今はどうしても弾けない曲もある。

    「Voices」は、そういう時間を経て生まれ直した曲だった。

    図書館と森、その間に聞こえるもの

    歌詞は、図書館を歩く場面から始まる。

    亡くなった人々が残した本。

    残酷だった歴史。

    長い時間の中を生きてきた人間の記憶。

    そして場面は森へ移る。

    木々の色や、何年もかけて育ってきた自然の中に、別の時間が流れている。

    紙の上に残った歴史と、今も生き続けている自然。

    以前のライナーノーツでは、この二つを重ねながら解釈した。

    さらに、1980年代のニュージーランドという土地の歴史や、マオリ文化をめぐる社会の動きにも触れている。

    ただし、「Voices」が特定の政治運動を直接描いた作品だと確認できたわけではない。

    そこは、あくまで聴き手としての解釈だ。

    この区別は大切にしたい。

    曲の中で聞こえる声は、何かを教えようとしている。

    でも、それが誰の声なのかは、はっきりしない。

    過去の人々かもしれない。

    自分の記憶かもしれない。

    あるいは、これから進もうとする自分自身の声なのかもしれない。

    録音には、Jo Jo Zepなどで知られるWilbur Wildeがサックスで参加している。

    歌だけでは説明しきれない何かが、別の楽器の音として残っている。

    この曲をカバーする時にも、私は歌詞だけでなく、曲全体にある距離感を大切にしたいと思っている。

    具体的な演奏の仕方は、その時の編成やアレンジによって変わる。

    でも、何でも前へ出せばいい曲ではないという感覚はある。

    音を置く場所だけでなく、置かない場所も気になる。

    「Voices」は、そういう曲だ。

    ▶ 関連記事:『Voices』Split Enz(1984)


    歌詞の詳しい和訳と、図書館、森、歴史、見えない声についての考察は、こちらにまとめてある。

    そして、Split Enzの最後のアルバムでこの曲を聴くと、どうしてももう一つの意味が重なってしまう。

    Neilが加入する前に作った曲が、バンドを離れる直前にもう一度現れた。

    最初と最後が、思いがけないところでつながっている。


    B面に残された、それぞれの音

    07|The Lost Cat

    作曲:Eddie Rayner

    ここからは、ほかのメンバーの曲も登場する。

    まずはEddie Rayner。

    「The Lost Cat」。

    迷子の猫というタイトルのインストゥルメンタルだ。

    ところが、実はこの曲、猫とはまったく関係がなかった。

    もともとのタイトルは「Isolation」。

    孤立、という意味である。

    しかも、アルバムのために新しく作られた曲ではなく、約二年前に録音されていたものだったという。

    タイトルが変わった経緯も面白い。

    アルバム完成間際、Eddieは二日酔いで良いタイトルが思いつかなかった。

    そこで、当時Split Enzの照明を担当し、EddieのパートナーでもあったRaewyn Turnerが「The Lost Cat」という名前を提案した。

    そして、そのまま採用された。

    二日酔いから生まれた迷子の猫。

    実にEddieらしい、というより、何ともSplit Enzらしい話である。笑

    しかも、アルバムのクレジットには旧題「Isolation」の名残が残っている。

    Bob Venierのフリューゲルホルン参加クレジットが、その名前になっているのだ。

    こういう話を知ると、レコードの小さな文字まで眺めたくなる。

    Eddieは、長年Split Enzの音を支えてきた。

    初期の複雑な曲でも、ポップになってからの作品でも、彼の鍵盤は独特だった。

    目立つ時もあれば、歌の後ろで空気を変える時もある。

    歌のないこの曲では、そうしたEddie自身の音楽が前へ出てくる。

    ただ、私は「Isolation」という元のタイトルも捨てがたいと思う。

    孤立。

    最後のアルバムに収録された曲としては、ずいぶん意味深く聞こえる。

    もちろん、曲が作られたのは解散を決める前である。

    だから、バンドの終わりを予言した曲のように扱うのは違うだろう。

    それでも、最後に「迷子の猫」という名前で収まったことには、少し笑ってしまう。

    重い名前のまま終わらないところが、このバンドらしい。

    08|Adz

    作曲:Nigel Griggs

    Nigel Griggsは、Split Enzのベーシストとして長くバンドを支えてきた。

    NeilやTimのように前へ出て歌う人ではない。

    でも、彼のベースがなければ、あの曲たちは違うものになっていただろう。

    そんなNigelが、自分の曲を持ってきた。

    「Adz」。

    この曲の制作方法が面白い。

    Nigelはまず曲を書き、デモを録音した。

    そして、そのテープを裏返して逆回転させ、そこからさらに曲を作っていったという。

    1984年の話である。

    今なら、録音ソフトの操作一つで音を逆向きにできる。

    しかし当時は、テープそのものを扱っていた。

    普通に鳴らした音を逆回転させると、まったく違う表情が生まれる。

    ギターなら、ピッキングした瞬間の音が消え、後ろから膨らんでくるように聞こえる。

    ピアノも、普通とは違う響きになる。

    音の終わりが始まりになる。

    そういう素材から曲を組み立てるというのは、なかなか面白い。

    普段は低いところでバンドを支えていたNigelが、こういう実験をしていた。

    もちろん、ベーシストだから作曲に興味がないわけではない。

    でも、こういう逸話を知ると、演奏している姿から受ける印象とは別の顔が見えてくる。

    Split Enzには、やはり変わった人たちが集まっていた。

    Phil Juddだけが変人だったわけではないのである。笑

    09|This Is Massive

    作詞・作曲:Paul Hester

    Paul HesterがSplit Enzに加わったのは、前作『Conflicting Emotions』の録音後だった。

    それまでドラムを担当していたNoel Crombieは、本来のパーカッションの役割へ戻った。

    そしてPaulが、新しいドラマーとして参加する。

    この最後のアルバムで、Paulは自分の曲を歌っている。

    「This Is Massive」。

    これには、本人が2003年の『Enzology』のインタビューで語った、とてもいい話がある。

    Paulは、Split Enzのステージで自分の曲を演奏させてもらえたことを、ずっとありがたく思っていたという。

    まだ新入りだった自分に、メンバーたちは歌う機会を与えてくれた。

    彼はそれを、とても寛大なことだったと振り返っている。

    この話は、少し胸に残る。

    Paulという人は、後のCrowded Houseでも、明るく、人を笑わせる印象が強い。

    でも、その裏側には、周囲への感謝を忘れない人間がいた。

    そして、その先の話が実にPaulらしい。

    ツアーの終盤には、刑務所から出てきたばかりだという大柄なローディーが、Paulを頭上に担ぎ上げてステージへ運んできた。

    Paul本人の表現では、まるで死んだ豚を運ぶように、である。

    そしてステージへ下ろされると、Paulはギターを持って演奏を始めた。

    いったい何のショーなんだ。笑

    でも、Paulはこの経験から、ステージで観客とどう向き合うかを学んだとも語っている。

    TimとNeilが観客に話しかける姿を見て、自分の番になった時にも、その流れを壊さないようにしなければならないと思ったそうだ。

    ただふざけていたわけではない。

    ちゃんと見て、学んでいた。

    もう一つ、録音時の逸話もある。

    「This Is Massive」のボーカルを録っている最中、マイクスタンドが少しずつ倒れていった。

    ところがPaulは歌うのをやめず、最後は膝をついたまま歌い終えたという。

    この人らしい。

    普通なら録音を止めそうなところだが、Paulはそのまま歌った。

    それが偶然だったのか、面白がっていたのかまでは分からない。

    でも、目に浮かぶような話である。

    Split Enzの最後のアルバムで、自分の曲を歌うPaul。

    そして、この人は後にNeilと一緒にCrowded Houseを始めることになる。

    今はまだ、その少し手前だ。

    10|Kia Kaha

    作詞・作曲:Neil Finn

    「Kia Kaha」は、マオリ語で「強くあれ」「しっかりしていよう」といった意味を持つ言葉だ。

    ただ、この曲は『See Ya 'Round』のために新しく録音されたものではない。

    前作『Conflicting Emotions』のセッションで録音され、一度はシングルのB面に回された後、最後のアルバムへ収録された。

    そのため、プロデュースのクレジットもほかの曲とは異なっている。

    そして、歌詞を読んでみると、単純な応援歌ではないことが分かる。

    雨の降るWaikato。

    かつて過ごした場所。

    一緒に笑った人たち。

    時間が過ぎ、離れ離れになり、昔と同じではなくなった関係。

    そんな風景が出てくる。

    特に面白いのは、昔は学校の歌の言葉を笑っていたのに、今では相手が強くあってほしいと願っている、という部分だ。

    若い頃には、妙に真面目な言葉が気恥ずかしいことがある。

    「頑張れ」とか「強くあれ」とか。

    そんなことを言われても、分かっているよ、と返したくなる。

    でも、歳を重ねると、その言葉が必要になる時がある。

    誰かに向かって、本当にそう願う時がある。

    この曲には、そういう時間の変化がある。

    さらに、歌詞にはマオリのハカ「Ka Mate」も登場する。

    ニュージーランド出身のバンドとして、土地の文化が直接顔を出す部分でもある。

    ただし、この曲全体を特定の文化運動についての歌だと決めつけることはできない。

    Neil自身の過去や人間関係を振り返る歌としても読める。

    そして、最後のアルバムでこの曲を聴くと、もう一つの意味が重なってしまう。

    かつて一緒にいた人たちへ、強くあってほしいと願う。

    その相手が誰なのかを、勝手に決める必要はない。

    ただ、離れてしまった誰かを思う気持ちは、歌の中に残っている。

    11|Ninnie Knees Up

    作曲:Noel Crombie

    最後はNoel Crombie。

    これがまた、何とも言えない曲なのである。

    「Ninnie Knees Up」。

    最後のスタジオアルバムの最後の曲に、Noelの作品が置かれた。

    しかも、この曲にはJames Brownのライブアルバム『Live at the Apollo』からのサンプリングが使われているという。

    James Brownである。

    Split Enzの最後に、まさかのJames Brown。

    普通なら、ここで感動的なバラードでも置きたくなるところだろう。

    長い歴史を振り返り、最後の挨拶をして、静かに終わる。

    ところが、Split Enzはそうしない。

    Noel Crombieの少し妙な曲で終わる。

    私は、これが妙に気に入っている。

    そもそも、Split Enzは最初から普通のロックバンドではなかった。

    Phil Juddの絵画的で奇妙な世界。

    Tim Finnの演劇的なステージ。

    Eddie Raynerの複雑な鍵盤。

    そして、Noel Crombieが作ってきた衣装や視覚的な世界。

    あのバンドの魅力は、曲だけでは説明しきれない。

    音楽と見た目とユーモアが、妙な具合に混ざっていた。

    だから、最後にきれいな顔をして終わる必要もなかったのかもしれない。

    この曲については、アナログ盤の内周に繰り返し再生される仕掛けがあったという話も伝わっている。

    ただし、今回確認できた資料だけでは、その仕掛けの仕様や盤ごとの差までは確定できなかった。

    そのため、ここでは断定しないでおく。

    いずれ実物の盤を確認できたら、改めて触れたい。

    それにしても、最後がNoelの曲というのは、なかなかいい。

    長年、バンドの横で変なことをしていた人が、最後の最後にもちゃんと変なことをしている。

    Split Enzは、最後までSplit Enzだった。


    最後のアルバム。でも、最後のステージではない

    『See Ya 'Round』は1984年11月に発売された。

    オーストラリアではアルバムチャート29位、ニュージーランドでは5位を記録した。

    大きな成功を収めた『True Colours』や『Waiata』の頃とは状況が違っていた。

    そして、このアルバムがSplit Enz最後のスタジオ作品になった。

    ただし、ここでバンドの活動がすべて終わったわけではない。

    Tim Finnは最後のツアーのために戻ってくる。

    その名も「Enz With A Bang!」。

    最後くらい派手にやろう、という名前に聞こえる。

    このツアーでは、TimとNeilが再び同じステージに立った。

    Paul Hesterもドラムを叩いている。

    そして1984年12月、Split Enzは当時の活動に幕を下ろした。

    その最後のツアーの音源は、翌1985年のライブアルバム『The Living Enz』にも収録される。

    ただし『The Living Enz』には1982年の公演音源も含まれているため、すべてが最終ツアーの記録というわけではない。

    このあたりは、次のBonus Trackで詳しく追いたい。

    『See Ya 'Round』を聴き終えて思うのは、最後のアルバムだからといって、必ずしも一つの方向にまとまる必要はなかったのだろう、ということだ。

    NeilはNeilの曲を書いた。

    Eddieは昔録音したインストゥルメンタルを持ってきた。

    Nigelはテープを逆回転させて曲を作った。

    Paulは自分の曲を歌い、ステージではローディーに担がれて登場した。

    そしてNoelは、最後までNoelだった。

    全員が同じ気持ちでいたかどうかは分からない。

    きっと、そんなに簡単な話ではなかったと思う。

    でも、最後にそれぞれの音が残った。

    バンドというのは、終わってしまえば一つの名前で呼ばれる。

    Split Enz。

    たった二つの単語だ。

    けれど、その中には随分たくさんの人間がいた。

    Phil Juddもいた。

    Tim Finnもいた。

    途中で去ったメンバーたちもいた。

    それぞれの時間があって、それぞれの事情があって、音が重なっていた。

    最後のアルバムを聴くと、そんなことを思い出す。

    そしてNeil Finnは、この後、Paul Hesterと一緒に新しいバンドを始めることになる。

    まだCrowded Houseという名前ではない。

    まだ「Don't Dream It's Over」も生まれていない。

    これからどうなるのか、本人たちにも分からなかった時期だ。

    でも、私はそこへ急いで進む前に、もう少しだけSplit Enzの最後を見ていたい。

    1984年のステージで、彼らはどんな顔をしていたのだろう。

    Timが戻ってきた時、Neilは何を感じたのだろう。

    Paulは、あの賑やかなバンドの最後を、どんな気持ちで叩いていたのだろう。

    その答えを全部知ることはできない。

    ただ、音は残っている。

    『See Ya 'Round』。

    さよなら、ではなく。

    また、そのうち。

    次回:Split Enz史 第16.5章 Bonus Track|『The Living Enz』— 最後のステージに、Timが戻ってきた。



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