🎵 SPLIT ENZ史 第8章

帰る場所がある人、帰れなくなる人

Americaツアーを終えたあと、
Mike ChunnはNew Zealandへ戻った。

Phil JuddがSplit Enzを離れる意思を伝え、
バンドには新しいギタリストが必要になっていた。

その人間を探すためでもあった。

少し不思議な話だと思う。

これからSplit Enzを離れることになるMikeが、
Split Enzの次のメンバーを探している。

でも、この時点ではまだ、
Mike自身もそこまで先を決めていたわけではなかった。

Americaから帰ってきたMikeには、
妻Paulaと幼い息子Nicholasがいた。

そして、もう一つ。

ずっとMikeの中にあったものがあった。

誰にも言っていなかった。

Timにも。

Philにも。

Eddieにも。

何年も一緒に演奏してきたメンバーにも、
Mikeは話していなかった。

Agoraphobia。

広場恐怖症。

ただ、今私たちがこの言葉から想像するものと、
当時Mikeが感じていたものには、
少し距離がある。

Mike自身、
その頃はまだ自分の状態に名前をつけられていなかった。

ただ、怖かった。

Aucklandから離れることが。

安全だと思える場所から遠ざかり、
簡単には戻れないところへ行くことが。

それでも彼は、
Split Enzのベースを弾いていた。


誰にも言わなかった

Mikeは後年、
Split Enzのメンバーには、
自分の問題を一度も話さなかったと明かしている。

バンドの中に問題があっても、
あまり互いに話さなかったとも振り返っている。

今なら、

「誰かに言えばよかったのに」

と思える。

でも、言えないことはある。

まして1970年代だ。

自分でも、
何が起きているのか分からない。

突然、身体が反応する。

ここから離れたい。

帰りたい。

でも、どこへ帰ればいいのか。

Mikeにとって、
その「安全な場所」はAucklandだった。

それなのにSplit Enzというバンドは、
成功すればするほどAucklandから遠ざかっていく。

Australia。

England。

Europe。

America。

地図の上だけを見れば、
これは成功していくバンドの移動だ。

Mikeの身体から見れば、
少し違う地図だったのかもしれない。

目的地が遠くなるほど、
帰る場所も遠くなる。

これは辛かっただろうと思う。


夢だったはずなのに

Mikeは12歳の頃から、
The Beatlesに強く憧れていた。

バンドをやりたかった。

Tim Finnと出会った。

Stillwaterをやった。

Phil Juddが現れた。

Split Endsを始めた。

名前がSplit Enzになった。

『Mental Notes』を作った。

Australiaへ渡った。

Englandへ行った。

Americaまで行った。

若い頃のMikeに、

「お前、そこまで行くぞ」

と教えてやったら、
たぶん信じなかったと思う。

夢はかなっている。

なのに、
身体の方は帰りたがっている。

Mikeは後年、
Americaを回っていた頃には、
Agoraphobiaがかなり大きくなっていたと話している。

ホテルの部屋から出られず、
そこで時間を過ごすこともあった。

薬の力も借りながら、
ツアーを続けていた。

誰にも言わずに。

私はこの話を知った時、
少し考えてしまった。

若い頃は、

「夢を諦めなければいい」

みたいな言葉を、
それほど疑わなかった気がする。

54歳になると、
そんなに簡単じゃないことくらい分かる。

気持ちは行きたい。

でも身体が行かない。

耳だったり、指だったり、
腰だったり。

最近は、
朝起きただけで身体のどこかが会議を始めている。

全会一致になる日は少ない。

まあ、私の場合はその程度の話だけれど。

Mikeの場合は違った。

夢に近づくことと、
自分を守ることが、

少しずつ反対方向になっていった。


Phil Juddの代わりを探す

New Zealandへ戻ったMikeには、
もう一つ仕事があった。

Phil Juddの後任を探すこと。

最初の候補は、
Alastair Riddellだった。

Space WaltzのAlastair Riddell。

Mikeの1977年当時の証言によれば、
バンド側も彼の加入を望んでいた。

Alastairが答えを出すまで、
Englandでの募集も待ったという。

10日。

Alastairは考えた。

そして、

No。

加入しなかった。

Split Enzには、
まだギタリストがいない。

EnglandではMelody Makerに広告を出し、
電話が次々にかかってきた。

MikeがLondonへ戻った頃には、
かなり混乱した状態になっていたらしい。

住む場所さえ安定していないメンバーもいた。

金にも余裕がない。

Philはいない。

新しいギタリストも決まらない。

それでも次へ進まなければならない。

その時Mikeは、
一つの名前を出した。


その名前は、ずっと近くにあった

Neil Finn

Neil Finn。

Tim Finnの弟。

この連載では、
やっとここまで来た。

Neilは1958年5月27日生まれ。

1977年春、
まだ18歳だった。

今のNeil Finnを知っていると、
ここは少し頭を切り替えないといけない。

Crowded Houseは、もちろんまだない。

「Don’t Dream It’s Over」もない。

Split Enzの「I Got You」さえ、
まだずっと先だ。

世界は、
Neil Finnというソングライターを知らない。

NeilはNew Zealandで、
After Hoursというバンドをやっていた。

そこには、
Mikeの弟Geoff Chunnもいた。

MikeはNeilを知っていた。

Timの弟だから、
というだけではない。

音楽をやっているNeilを、
実際に見ていた。

Phil Juddの後任が決まらない。

Englandでは、
オーディションの話が進んでいる。

でも必要なのは、
ただ上手いギタリストではなかった。

Split Enzが何なのかを知っていて、
この少し変わったバンドの中へ、
無理なく入ってこられる人間。

そう考えた時、
Mikeの中に一つの名前が浮かんだ。

Neil Finn。

ずっと近くにいた。

Timの弟として。

Mikeの弟Geoffと、
After Hoursで音を出している18歳の青年として。

遠くまで探しに行かなくても、
その人はAucklandにいた。


1977年4月7日

そして、
妙に映画みたいな日付が残っている。

1977年4月7日。

Auckland。

Neil FinnはAfter Hoursで、
「Platform Three」というDemoを録音した。

Neil Finn公式サイトにも、
この音源の記録が残っている。

Neilが歌い、
PianoとGuitarを弾いている。

そこにはGeoff Chunnもいる。

まだSplit EnzではないNeil Finn。

そのNeilが、
After Hoursの音を残している。

翌日。

4月8日。

NeilはLondonへ向かった。

Split Enzの新しいギタリストとして。

たった一日だ。

昨日まで、
Aucklandで自分のバンドのDemoを録っていた18歳が、

次の日には、

Split Enzへ向かって飛んでいく。

この頃の若さというのは、
時々ちょっと怖い。

私なら今、

「ちょっと待って。
 変圧器は?
 常備薬は?
 向こう寒くない?」

くらいは考える。

たぶん荷造りだけで二日かかる。

18歳のNeil Finnは、
Londonへ向かった。

兄Timのいるバンドへ。

Neil Finn (Bold As Brass 1977)

でも、Neilの椅子はMikeの椅子ではない

ここは、
間違えないようにしておきたい。

Mike Chunnが辞めて、
Neil Finnがその代わりに入った。

そういう話ではない。

Neilが埋めたのは、
Phil Juddがいなくなったことで空いた場所だった。

Guitar。

Voice。

そして、
これから先はSongwritingも。

MikeはBassだ。

Mikeの場所には、
別の人間が必要だった。

そして、MikeがLondonへ戻った頃、
彼自身も決断する。

もう続けられない。


Philの後任を探していた男まで、いなくなる

Mikeは当初、
もう少し先までSplit Enzを続けるつもりだった。

1977年当時のインタビューでは、
もともとは1978年の初め頃に離れることを考えていたと話している。

ところがLondonへ戻ってみると、
状況は混乱していた。

Philの後任も必要。

そしてMike自身も、
もう限界に近かった。

Neilが来る。

Philの場所が埋まる。

その時Mikeは、
自分の場所についても考えた。

自分が今辞めれば、
Split EnzはBassまで探さなければならない。

それでは、
バンドを壊してしまうかもしれない。

Mikeは、
後任がいない状態では辞めなかったと話している。

ここがMike Chunnという人らしい。

自分はもう苦しい。

帰りたい。

でも、

「じゃあ俺、辞めるから」

では終わらなかった。

自分が抜けても、
Split Enzが動ける状態にしてから離れようとした。


Malcolm Greenが電話をする

ここで、
また一人の人間がつながる。

Malcolm Green。

第6章でSplit Enzに入ったドラマーだ。

Malcolmには、
以前一緒に演奏していたBass Playerの知り合いがいた。

Nigel Griggs。

Nigel Griggs

Malcolmが電話をした。

Mikeの1977年当時の証言では、
その翌日にはNigelがSplit Enzと練習していたという。

Phil Juddの場所には、
Neil Finn。

Mike Chunnの場所には、
Nigel Griggs。

一気に二人が変わる。

古い写真を一枚外して、
新しい写真を二枚入れる。

あのVHSなら、
たぶん数秒だ。

でも実際には、

一人は海の向こうから呼ばれ、

一人は電話一本から始まり、

そして一人は、

ずっと抱えていたものを誰にも言えないまま、
自分のバンドから降りようとしていた。


Mike Chunn、Split Enzを離れる

MikeはSplit Enzを離れた。

創設メンバーだった。

Tim Finnと、
まだ何者でもなかった頃から音を出してきた。

Phil JuddとTimが曲を書き始めた時、
そこにMikeがいた。

Split Endsが生まれた時にもいた。

最初のライブにもいた。

名前がSplit Enzに変わった時にもいた。

Buck-A-Headにもいた。

『Mental Notes』にもいた。

『Second Thoughts』にもいた。

Australiaにも。

Englandにも。

Europeにも。

Americaにも。

そして、

次のSplit Enzに必要な人間を見つけるところまでいた。

それから降りた。

Mikeは後年、
自分がAgoraphobiaという言葉を知るのは、
もっと後だったと話している。

だから1977年のMikeは、

「病気だから辞める」

と整理していたわけではない。

何が起きているのか、
完全には分からない。

ただ、
もう続けられない。

それだけだったのだと思う。

それは、かなり怖かったはずだ。


18歳の弟が、Englandへ来る

そしてLondonには、
Neil Finnがやって来る。

18歳。

兄はTim Finn。

でも、
兄弟だから入っただけではない。

これから先、
Neil自身がそれを証明することになる。

ただし、
まだここでは証明しなくていい。

まだ「I Got You」は書かれていない。

まだ「One Step Ahead」もない。

まだCrowded Houseもない。

Neil Finnという名前の後ろに、
私たちが知っている曲を全部並べてしまうと、

この時の18歳が見えなくなる。

Londonへやって来たのは、
完成されたNeil Finnではない。

Split Enzという、
兄のいる奇妙なバンドに呼ばれた青年だった。

しかも、
ほとんど同時にMike Chunnはいなくなる。

Neilが入ってきた扉から、
Mikeが出ていくような時期だった。

もちろん、
実際の出来事はそんなに綺麗には並んでいない。

でも歴史を後から眺めていると、
どうしてもそう見えてしまう。


Tim Finnの隣

ここまでTim Finnの隣には、
いろいろな人がいた。

Mike Chunnがいた。

Phil Juddがいた。

二人とも、
Split Enzを作った人間だ。

1977年。

その二人が、
ほぼ同じ時期にいなくなった。

そしてTimの隣に、
弟が来る。

Neil Finn。

兄弟だから、
最初から息が合った。

そんな綺麗な話でもないだろう。

TimにはTimの時間がある。

NeilにはNeilの時間がある。

兄はもう、
New ZealandからAustralia、England、Americaまで行っている。

弟は、
そこへ途中から入ってくる。

しかもPhil Juddがいた場所だ。

これは18歳には、
ずいぶん大きな靴だったと思う。

Neilは、
その靴を履いてPhilになる必要はなかった。

自分の靴を作ればよかった。

ただ、それが分かるのは、
もう少し後の話だ。

誰かに言えばよかったのに
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バンドが壊れなかったこと

1976年から1977年にかけて、
Split Enzから三人がいなくなった。

Emlyn Crowther。

Phil Judd。

Mike Chunn。

『Second Thoughts』の頃とは、
かなり違う顔ぶれになった。

Malcolm Greenが入った。

Neil Finnが入った。

Nigel Griggsが入った。

普通なら、

「もう別のバンドじゃないか」

と言われてもおかしくない。

でもSplit Enzは、
Split Enzという名前を残した。

Tim Finn。

Eddie Rayner。

Noel Crombie。

Robert Gillies。

そこへ新しい三人が加わる。

そして音も変わっていく。

たぶん、
変わらないことでバンドを守ったのではない。

変わってしまったあとも、
続きをやった。

それだけだったのかもしれない。


写真が変わる、その瞬間

昔見ていたVHSを思い出す。

アルバムが変わる。

写真が変わる。

名前が変わる。

Mike Chunnの名前が消える。

Neil Finn。

Nigel Griggs。

新しい名前が入ってくる。

子供の頃の私は、
それをただメンバー交代として見ていた。

今は少し違う。

消えた名前の方を見る。

Mikeは、
Split Enzを嫌いになって辞めたわけではなかった。

むしろ、
ずっと好きだったのだと思う。

夢だった。

自分たちで作ったバンドだった。

だからこそ、

自分がもう続けられない時に、
その先へ進める人間を残した。

その一人が、
18歳のNeil Finnだった。

NeilがSplit Enzで、
どんな音を鳴らすことになるのか。

TimとNeil。

二人のFinnが、
本当に同じバンドの中で動き始める。

その話は、
次からでいい。

1977年4月。

London。

Split Enzの写真から、
Mike Chunnの名前が消えた。

そしてその空いた場所とは少し違うところに、

Neil Finnという名前が、
初めて置かれた。

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