― ウォームアップじゃなくて、記憶の読み込み ―
スタジオに入る。
ギターを出して、アンプの電源を入れて、軽くチューニングする。
ここまでは、昔と何も変わらない。
1曲目を鳴らす。
……なんか違う。
音は出ている。
コードも合っている。
テンポも外してはいない。
でも、“あの感じ”がいない。
少しだけ違う、じゃない。
明確にいない。
昔は、ここでそのまま突っ込んでいけた。
多少ズレていても、そのうち合ってくる。
そういう感覚があった。
今は違う。
ズレたまま、しばらく進む。
2曲目。
まだ来ない。
指も少し重い。
リズムも、どこか乗り切れていない。
頭では分かっている。
でも、体がついてこない。
音を置いているつもりなのに、どこか浮いている。
バンドの中にいるはずなのに、
ほんの少し外側にいる感じ。
ここで一度、軽く休憩する。
水を飲む。
深呼吸する。
なぜか、やたら丁寧にやる。
たぶん、時間を稼いでいる。
「大丈夫、大丈夫」と思いながら、
一番自分を疑っている時間でもある。
3曲目。
まだ来ない。
「あれ、今日ダメな日か?」
ちょっとだけ思う。
ピックの当たり方が気になったり、
右手の角度を変えてみたり、
いらないことをいろいろ試し始める。
だいたい、こういうときは余計にズレる。
……と、ここまでは、前に書いた
「3曲でHPゼロになる」あの感じに、かなり近い。
少し前までは、本当にここで一度終わっていた。
「もう1回いく?」と言われて、
全員ちょっと黙る、あの空気。
あれはあれで、今思うと嫌いじゃない。
でも最近は、少しだけ違う。
そのあとも、続ける。
4曲目。
5曲目。
正直、ここもまだ万全じゃない。
でも、やめない。
昔なら一度止めていたところを、
少しだけ粘る。
すると、どこかで来る。
急に来る。
「あ、これだ」
さっきまでと何が違うのか、自分でもよく分からない。
指の力か、ピッキングの角度か、呼吸か。
もしかしたら、全部少しずつ違うのかもしれない。
でも、そのどれかが、たまたま合う。
その瞬間、全部がつながる。
音が前に出る。
リズムに入れる。
バンドの中に、ちゃんと戻れる。
景色が見える。
さっきまでいなかった“あの感じ”が、普通にいる。
ここで、あとから気づいたことがある。
あのズレている時間って、
指が動かないわけじゃない。
“リズムの重心”が合っていないだけだったりする。
テンポは合っている。
でも、どこに乗るかがズレている。
少し前なのか、少し後ろなのか、
それが決まっていない。
だから、音が浮く。
逆に、“あの感じ”が来るときは、
音の位置がスッと決まる。
強く弾いてるわけじゃないのに、前に出る。
無理していないのに、ちゃんとハマる。
たぶんあれは、
技術というより“置き場所”の問題なんだと思う。
…昔はそれ、何も考えなくても出来てたんだけどね。
そこからは、少し楽になる。
余計な力が抜けて、
ようやく呼吸と音が合ってくる。
気づけば、もう何曲か弾いている。
最近は、7曲とか8曲くらい、普通にやっている日も増えてきた。
あの頃の“3曲で終わり”からすると、
これはちょっとした進歩だと思う。
もちろん、昔みたいに何も考えずに弾き続けられるわけじゃない。
途中で息も切れるし、集中も途切れる。
「あ、今ちょっと危ないな」と思う瞬間もある。
でも、“あの感じ”に一度つながると、そのあとはなんとか持つ。
完全じゃないけど、崩れない。
それで十分だと思えるようになった。
毎回思う。
これ、ウォームアップじゃない。
記憶の読み込みだ。
体の中にある、昔の感覚を探している。
指の距離感。
リズムの重心。
音の置きどころ。
それを、ゆっくり引っ張り出している。
だから時間がかかる。
若い頃は、すぐに起動していた。
今は、少し待たないといけない。
でも、その分、来たときはちゃんと分かる。
「あ、今つながったな」って。
スタジオの帰り道で思う。
「今日は時間かかったな」
でも、ちゃんと来た。
しかも、少し長く続いた。
それだけで、今日はいい日だと思える。
おじさんギタリスト、
今日も“あの感じ”を読み込むのに、少し時間がかかりました。
……そして気がつけば、HPゼロだった頃より、少しだけ長く戦えるようになっていました。
昔はSSDだったのに、今は外付けHDD。
でも、ちゃんと読み込めば、まだ動く。
たまにフリーズするけど、それも含めて今の仕様です。笑 🎸
