退院後の、ゆっくりすぎる練習ルーティン
退院してから、生活のリズムが少し変わった。
以前みたいに、
いきなりギターを掴んでガッと弾く、
そんなことはもうしなくなった。
というか、できない。
体がちゃんと
「ちょっと待て」と言ってくる。
朝はまず、コーヒーを淹れる。
その湯気を見ながら、
今日の体の様子を確認する。
声はどれくらい出るか。
指はどこまで動くか。
昔はそんな確認、したこともなかった。
今はこれがウォーミングアップみたいなものだ。
ギターを持つ前に、軽くストレッチ。
指を一本ずつ動かす。
正直、地味だ。
地味すぎて、
「これ本当にギターの練習か?」と思う。
でも、やらないと動かない。
体は正直だ。
やっとギターを持つ。
最初は音を出さない。
ネックを握るだけ。
この時点で、
「ああ、今日はちょっと重いな」とか分かる。
人間、精密機械ではないらしい。
日によって、だいぶ違う。
最初の音は、開放弦。
ポーン、と鳴らす。
それだけ。
昔ならウォーミングアップにもならない一音。
でも今は、この一音がちゃんと鳴ると
ちょっと嬉しい。
コードは、ゆっくり。
C、G、D。
たまにCsus4で小指が迷う。
迷ったまま鳴らすと、
なんとも言えない音が出る。
「ああ、今日の自分だな」と思う。
調子がいい日は、アルペジオまでいく。
悪い日は、
開放弦と2コードで終了。
無理はしない。
昔は「もっとやれ」と思っていたけど、
今は「今日はここまででいい」に変わった。
声のリハビリも、少しだけ。
出ない音域は無理しない。
出る音だけで、
なんとなくメロディをなぞる。
正直、歌とは呼べない。
でも、音はつながっている。
そんなことをやっているうちに、
気がつくと30分くらい経っている。
昔の感覚だと
「まだ準備運動」みたいな時間。
でも今は、これで十分疲れる。
最近、家族に言われた。
「最近ピック、全然なくならないね」
たしかにそうだ。
昔は、やたらなくなっていた。
ポケットから出てきたり、
ソファのすき間にあったり、
洗濯機から発見されたり、
なぜか冷蔵庫の前に落ちていたり。
今はほとんど動かないから、
ピックも移動しない。
「これ、いいことなんじゃない?」
と笑われた。
なるほど、そういう考え方もあるらしい。
退院後の練習は、
昔の半分以下の密度で、
たぶん三分の一くらいのスピードで進んでいる。
でも、不思議とやめようとは思わない。
速く弾けなくても、
声が出なくても、
一本の弦が鳴れば、それでいい。
おじさんギタリスト、
今日もまたゆっくり練習しています。
ピックも、
ちゃんと同じ場所にあります。 🎸
