🎸 おじさんギタリストシリーズ⑳ 片付けで燃え尽きる編
ギターは楽しい。だが“片付け”は、なぜこんなにしんどいのか。
ギターの練習って、
実は“練習そのもの”より、
その前後の作業のほうが体力を使う。
若い頃はリハが3時間でも4時間でも
へっちゃらだった気がする。
でも50代になると、
練習 → 配線 → 片付け
この三つの工程のうち、
一番スタミナを持っていくのは「片付け」 である。
練習じゃない。
テクニックでもない。
筋力でもない。
負けるのは、片付け。
■① 練習を始める前から、配線で気力の3割を消費
練習を始めるためにはまず作業がある。
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ケーブル出す
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パッチケーブル探す
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シールドの絡まり解く
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ペダルボードの電源繋ぐ
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アンプの位置確認
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イスの高さ調整
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メトロノームを探す(※毎回行方不明)
この「準備」にすでに体力の3割を持っていかれる。
楽器を持った瞬間には、もうちょっと疲れてる。
■② 練習は楽しい。でも、すぐ終わりが見える
練習を始めると気分は良い。
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指も動く
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今日はフォームも悪くない
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アンプの音もごきげん
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昔弾いてたフレーズが思い出せる
ただ、心のどこかでこう思っている。
「これの“後片付け”が来るんだよな……」
この影がずっとつきまとうので、
若い頃のような“フルテンション練習”ができない。
■③ そして運命の「片付けタイム」がやってくる
練習を終えると、
そこには ごちゃごちゃのケーブル地帯 が広がる。
さぁここからが本番だ。
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シールドが他のケーブルと絡む
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パッチケーブルが謎の三つ編み状態
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電源ケーブルだけ異様に長い
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エフェクターを箱に戻すか悩む
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ギタースタンドが閉じない
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思い出したようにホコリが気になる
片付けの途中で毎回思う。
「なんでギタリストってこんなに配線多いん?」
■④ “ケーブルを丸める”という地味で重い競技
若い頃はなんてことなかったのに、
50代になるとケーブルを巻くだけで息が切れる。
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ねじれが治らない
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巻いてる途中でほどける
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綺麗に丸めても次の日にはゆがんでる
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途中で指がつる
ケーブル一本巻くだけで“競技人口少なめのスポーツ”みたいになる。
■⑤ 片付けの終盤、“謎の達成感”だけが残る
全部片付いて、部屋が元通りになり、
ギターをスタンドに戻した瞬間――
「……やったな俺」
達成感がある。
清々しさすらある。
もはや練習より充実している。
でもこれは同時にこういう意味でもある。
「もう…練習は無理…」
スタミナはゼロ。
筋肉も気力も使い果たす。
■⑥ 結局、おじさんギタリストは“片付けまでがライブ”
おじさんギタリストにとって、
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練習=本編
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片付け=アンコール
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ケーブル巻き=物販タイム
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電源抜き=撤収作業
全部ひっくるめて“今日のライブ”である。
本番より撤収がしんどいのは、
ライブハウス時代と何も変わっていない。
ただ違うのは、
今は自分ひとりでやるということ。
そして終わった頃には汗だくで、
ハアハア言いながら椅子に座り込む。
その姿はもう完全に、
片付けで燃え尽きたローディー。
■⑦ それでも明日またギターを出して、片付けて、疲れて、笑う
これだけ片付けがしんどいのに、
おじさんギタリストはまた次の日もギターを出す。
疲れるのに、
めんどくさいのに、
スタミナ全消費なのに、
最後には達成感があって満足してしまう。
結局――
ギターが楽しすぎるんだ。
片付けだろうが配線だろうが、
全部込みで“趣味の幸せ”だ。
50代のおじさんは今日もまた、
ケーブルと格闘しながらギターを構える。
そして片付けで燃え尽きる。
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