🎸おじさんギタリストシリーズ㉑ 譜面と老眼の戦い編
読めていた“音符”が読みにくくなる
以前にも触れたが、50代のおじさんギタリストにとって、
最大の敵はもう速弾きでも、リズムでも、ピッキングフォームでもない。
“視力”である。
若い頃は問題なかった。
小さな譜面だろうが、バンド仲間の手書きだろうが、
ステージの暗がりでもスッと読めた。
…なのに今はどうだ。
譜面を開いた瞬間、誰が書いたのか分からない謎文字が並んでいる。
(※正解:昔の自分)
■① 若い頃の自分の字が小さすぎる問題
昔の俺は、やたら字が小さかった。
「余白が多いとカッコいい」と思っていたのか、
妙にちまちま書いてある。
今見るとこうだ。
「この音符…点?ゴミ?どっち?」
スラーなのか、紙の折り目なのかも判別できない。
若い頃の自分へ言いたい。
「頼むからもっと大きく書け」
■② 視力の衰えが“音楽の記憶力”より先にくる衝撃
ギタリストという生き物は、
昔コピーしたフレーズは案外覚えている。
指が勝手に動くこともよくある。
でもその前に問題がある。
視力が落ちて、譜面が読めない。
これでは
「覚えていたかどうか」という以前の問題。
目を細める → 見えない
近づける → 見えない
遠ざける → 余計見えない
斜めにする → 何も変わらない
結論:
“視力”が音楽を邪魔してくる日がくるなんて思わなかった。
■③ 譜面を見ようとして“ピックを落とす”現象が発生
しかも、老眼+中年ギタリスト特有の現象が起きる。
譜面を見ようとした瞬間、ピックが手から落ちる。
理由は分かっている。
-
視力に気を取られて指の力が抜ける
-
ピック持ちながら譜面を近づけようとする
-
距離調整しようとして余計な力が入る
結果:
ピックが指の間から“スルッ”と高速で逃亡する。
落ちたピックを拾おうとしてまた疲れるのが50代。
■④ 譜面台の高さが“若い頃の設定”だともう見えない
昔は譜面台の高さが低くても読めた。
しかし今は…
譜面台の設定位置が低いだけで、もうボヤける。
高さを上げる → 近すぎて読めない
下げる → 見えない
角度を変える → さらに見えない
どんな設定にしてもクッキリ見える位置が存在しない。
もはや光の屈折の実験をしている気分だ。
■⑤ ふと気づく、“視力”は練習では鍛えられないという絶望
速弾きは練習すれば速くなる。
ストロークは鍛えれば安定する。
リズムも耳も育つ。
だが。
視力だけは練習ではどうにもならない。
ストレッチしても、
フォームを変えても、
ブースターを踏んでも改善しない。
唯一の救いは、
スマホで写真を撮ってズームするという技だけ。
でもそれってもうギタリストじゃなくて
“譜面のカメラマン” である。
■⑥ 譜面が読めなくても、なぜか気持ちは前より前向き
ただ不思議なことに――
-
見えないけど弾ける時もある
-
見えないまま弾いた方がニュアンスが出る
-
見えないことで逆に耳が育つ
-
若い頃にはなかった“味”が出る
視力は衰えても、
“音楽の深さ”はむしろ増している気がする。
これが50代の不思議。
■ まとめ
昔は「譜面を読めるかどうか」が演奏の鍵だった。
でも今は違う。
読めないけど弾ける。
読めなくても楽しい。
読めなくても音は出る。
おじさんギタリストは今日も譜面を目の前にして、
目を細め、ピックを落としながら、
それでもギターを弾く。
視力は落ちても、
音楽への愛は落ちない。
そしてこれからも、
読めない譜面を前に笑いながら音を鳴らしていく。
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