時代は現代に戻り、おじさんギタリストとしての日常に戻ります。
■ 再会はだいたい“予定外”のタイミングでやってくる
仕事帰り、コンビニに寄ろうとしただけなのに——
「おい、もしかして…?」
と、背後から懐かしい声が落ちてきた。
振り向けば、かつて三畳スタジオで
夜通し“同じ景色”を鳴らしていたバンド仲間。
あの頃は毎日顔を合わせていたのに、
気づけば十数年、互いの人生はすっかり別ルート。
おじさんギタリストは心の中で思う。
「再会って、こっちの心の準備なんて待ってくれないんだよな」
■ 昔の仲間は見た目が変わっても“間”だけは変わらない
近況を話し始めると、
不思議なことに会話のテンポが当時に戻る。
彼は
「いや〜もう弾いてないよ」
なんて言うくせに、
手は無意識にコードを押さえる形になっている。
私は
「細々だけど…まぁ続けてるよ」
なんて謙遜するが、
実際はギターに家を占領されている。
二人とも、
口ほどには音楽から離れていない。
これがバンド仲間の“仕様”だ。
■ 再会すると始まる“あの頃比較”という儀式
昔話は危険だ。必ず盛り上がる。
そして必ず面倒な方向へ行く。
「お前、あの時のリフ覚えてる?」
「あー、あれ? 身体が覚えてるはず……多分」
気づけばお互い、空中で指が動き出す。
コンビニの前でギターの真似をする大人二人。
深夜の店員がこっそり笑っている。
でも、それでいい。
昔の音は、記憶の中で勝手に熟成している。
多少ズレても“正解”になるのがバンド仲間だ。
■ 大人になると、音楽への向き合い方も変わる
彼は言った。
「最近さ、“戻りたい”って思う時があるんだ。
音じゃなくて、あの頃の“気持ち”に。」
その瞬間、胸の奥に何かが静かに落ちた。
私も同じことを何度思っただろう。
若い頃は、音が未来を決める気がしていた。
今は、音が“心の整理”をしてくれるようになった。
時間は技術を奪うこともあるけど、
代わりに“深呼吸みたいな音”をくれる。
それに気づけるのは、大人になった特権だ。
■ そして別れ際に置いていく、あの独特の余韻
帰り際、彼は少し照れたように言った。
「また何かやれたらいいな。
あの頃の続きじゃなくてさ、
今の俺らでできるやつ。」
その言葉が、妙に温かかった。
音楽から離れた人間が放つ“本音の温度”は、
プロの機材よりも胸に響くことがある。
別れた後、歩き出した私は思った。
(なんだ、まだ鳴らせるじゃないか。
時間の分だけ、音の景色が広くなってる。)🎸
それは、再会がくれた小さなギフトだった。
■終わりに
昔の仲間との再会は、
過去に戻るためのイベントではなく、
“今の自分の音”を確かめるための鏡だ。
年齢を重ねても、
弾けなくなることがあっても、
音が細くなっても——
心だけは、あの頃より自由になっている。
だから、おじさんギタリストは今日も思う。
「音楽って、やめるタイミングを与えてくれないな」
それが、ちょっと可笑しくて、
なんだか嬉しい。
