― 合ってるはずが、一番ズレている ―
㊺ から引き続き、スタジオの話。
クリックを聞いた瞬間、人格が変わる
スタジオに入る。
静かな空間。
エンジニアが言う。
「じゃあ、クリック出しますね」
カッ、カッ、カッ、カッ。
この音を聞いた瞬間、
おじさんギタリストの中で
何かが固まる。
さっきまで自然だった呼吸。
普通だった姿勢。
穏やかだった心。
全部が
「正しく弾かなきゃ」
という一点に吸い寄せられる。
~クリックとは~
クリックとは、レコーディングやプリプロで使われる
一定テンポを刻み続ける基準音 のことだ。
人間の揺らぎや感情を一切持たず、
設定されたBPMどおりに、ただ黙々と時間を区切り続ける。
正確で、冷静で、優しさはない。
だからこそ、演奏者のズレも癖も、容赦なく浮き彫りにする。
「合ってるはず」が一番ズレている
クリックに合わせて弾く。
頭の中では、
完璧に合っている。
弾いている本人は
こう思っている。
「今、めちゃくちゃ合ってる。」
ところが、
録った音を後で聴くと、
ズレている。
しかも微妙に。
早すぎるわけでもない。
遅すぎるわけでもない。
ただ、
気持ち悪い。
このズレが、
一番タチが悪い。
クリックが敵に聞こえる瞬間
何テイクか重ねる。
すると、
クリックの音が
だんだん変質して聞こえてくる。
最初は
「カッ、カッ」。
次第に
「早くしろ」
「遅いぞ」
「今ズレた」
そんな声が
聞こえてくる気がする。
もちろん、
気のせいだ。
クリックは
一切、感情を持たない。
だが、
おじさんギタリストの耳には
人格を持った敵
として認識され始める。
なぜドラムを見ると安心するのか
不思議な現象がある。
クリックでは落ち着かないのに、
ドラムのリズムを聴くと
急に安心する。
たとえ
クリックと
全く同じテンポでも。
理由は明確だ。
ドラムには
人間の揺らぎ がある。
ゴーストノート。
キックの踏み込み。
ハイハットの開閉。
それらが
「今、ここ」
を教えてくれる。
クリックは
「点」しか出さない。
ドラムは
流れ を出す。
クリックと生演奏の決定的な違い
クリックは
時間を正確に区切る。
1秒を
機械的に分割する。
一方、
人間の演奏は
時間を“感じる”。
ほんのわずかに
前に行く。
ほんのわずかに
後ろに構える。
この差は
誤差ではない。
表現 だ。
前ノリと後ノリは「ズレ」ではない
ここで誤解が生まれやすい。
前ノリ。
後ノリ。
これは
テンポがズレている
という意味ではない。
テンポは合っている。
でも、
音の置きどころが違う。
・前ノリ → 推進力
・後ノリ → 重さ、落ち着き
どちらも
正しい。
だがクリックは、
このニュアンスを
一切評価しない。
クリックは
「合っているか、否か」
しか見ない。
グルーヴは、機械では測れない
グルーヴとは何か。
よく
「ノリ」
と言われるが、
正確に数値化はできない。
なぜなら、
グルーヴは
複数の人間の
微細なズレの集合体
だからだ。
一人だけ
完璧に合っていても、
全体が合わなければ
グルーヴは生まれない。
クリックは
一人用だ。
グルーヴは
複数人用だ。
それでもクリックは敵じゃない
ここまで書いておいて
言うのも何だが、
クリックは
敵ではない。
むしろ、
非常に優秀な鏡 だ。
自分の癖。
前に行きやすい瞬間。
焦るポイント。
全部、
遠慮なく映してくる。
優しさはない。
だが、嘘もない。
おじさんギタリストなりの付き合い方
おじさんギタリストは
こう考えるようになった。
クリックに
「合わせにいかない」。
クリックを
「基準として横に置く」。
完全に支配されない。
でも無視もしない。
クリックを
先生にしない。
壁時計 くらいに扱う。
それくらいが、
ちょうどいい。
まとめ:仲良くなれなくてもいい
おじさんギタリストは今日も思う。
「クリックと
親友にならなくてもいい。」
でも、
会話はできるようになりたい。
正確さも大事。
揺らぎも大事。
その間で
迷い続けること自体が、
音楽を続けている証拠だ。
クリックは
冷たい。
でも、
冷たいからこそ
人間の温度が分かる。
おじさんギタリストは
今日もクリックを聞きながら、
ほんの少しだけ
自分の時間感覚を信じて弾く。
ズレているかもしれない。
でも、
それが自分のグルーヴだ。
