🎵 Split Enz史 第13章 『Waiata / Corroboree』(1981)

    大きくなった昨日の自分たち

    売れた次の日も、曲は作らなければならない

    音楽の仕事をしていると、うまくいった日の翌日が、案外難しかったりする。

    昨日の演奏が良かった。

    アレンジも気に入ってもらえた。

    自分でも、なかなかいい仕事が出来たと思う。

    ところが翌日、またギターを持って同じ場所へ行くと、昨日の自分が少し邪魔になる。

    もう一度あの感じを出したい。

    でも、まったく同じことをやっても面白くない。

    だからといって、何か新しいことをしようと意識しすぎると、今度は余計な音まで弾いてしまう。

    長くやっていても、このあたりは難しい。

    1980年、Split Enzは『True Colours』で、それまでとはまるで違う景色を見た。

    「I Got You」が大ヒットし、アルバムもニュージーランドとオーストラリアで1位になった。
    長い間、変わったバンドとして見られてきた彼らが、ようやく曲そのもので広く知られるようになった。

    苦労が報われた、と言ってしまえば簡単なのだけれど、実際にはそこからまた別の苦労が始まる。

    次は何を作るのか。

    あれほど売れたアルバムの次に、何を聴かせるのか。

    1981年、Split Enzが発表した『Waiata』には、そんな時期の六人がいる。

    オーストラリアでは『Corroboree』という名前で発売された、彼らの6枚目のスタジオアルバムだ。


    『Waiata / Corroboree』(1981)

    Artist:Split Enz
    Album:『Waiata / Corroboree』(1981)
    Release:1981年3月
    Recording:1980年、AAV Studios(Melbourne)
    Songwriting:Tim Finn / Neil Finn / Eddie Rayner
    Producer / Engineer:David Tickle
    Assistant Engineer:Scot Hemming
    Label:Mushroom Records(オーストラリア)/Polydor(ニュージーランド)/A&M Records(海外)
    Mixing:AAV Studios(オーストラリア)/Farmyard Studios(英国)

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    『Corroboree』(1981)

    収録曲は全11曲。

    1. Hard Act to Follow

    2. One Step Ahead

    3. I Don't Wanna Dance

    4. Iris

    5. Wail

    6. Clumsy

    7. History Never Repeats

    8. Walking Through the Ruins

    9. Ships

    10. Ghost Girl

    11. Albert of India

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    『Waiata』(1981)

    メンバーは前作と同じ六人。

    Tim Finn、Neil Finn、Eddie Rayner、Nigel Griggs、Malcolm Green、そしてNoel Crombie。

    プロデューサーも『True Colours』と同じDavid Tickleだった。

    メンバーも、プロデューサーも変わらない。

    でも、置かれた状況はまったく違っていた。


    自由になったはずのスタジオ

    ここで、当時のTim Finnの言葉が興味深い。

    1980年9月、ニュージーランドの音楽誌『Rip It Up』のインタビューで、Timは新しいアルバムの制作について話している。

    『True Colours』の成功によって、初めてスタジオで自由に作業できるようになったというのだ。

    以前のような時間の制約に追われず、それぞれが自分の音を納得いくまで探せるようになった。

    しかもTimは、次のアルバムを『True Colours』の繰り返しにはしたくない、と考えていた。

    これは少し意外だった。

    私はてっきり、大ヒットの直後だから、レコード会社や周囲から相当なプレッシャーを受けていたのだろうと思っていた。

    もちろん、外側からの期待がなかったわけではないだろう。

    でも、少なくとも制作当時のTimは、成功によって得た自由を前向きに受け止めていた。

    一方で、後年のTimとNeilは、このアルバムを振り返って、前作の成功をもう一度なぞろうとする難しさがあったとも語っている。

    どちらが本当なのだろう。

    たぶん、どちらも本当なのだと思う。

    作っている最中は、自由だった。

    けれど、出来上がったものを何年も経って聴き直すと、そこには自分たちでも気づかなかった前作の影が見える。

    演奏でも、そういうことはある。

    録音している時には夢中で、これが今の自分の音だと思っている。

    ところが何年か経って聴くと、その頃に好きだったギタリストの癖が、思い切り出ていたりする。

    しかも本人は、当時まったく気づいていない。

    少し恥ずかしい。

    でも、それもその時の自分なのだろう。


    『Hard Act to Follow』という、何とも正直な始まり

    アルバムの一曲目は、Tim Finnが書いた「Hard Act to Follow」。

    このタイトルが、何とも出来すぎている。

    Hard act to follow は、素晴らしい演奏や仕事のあとに続くのが難しい、という時にも使う英語だ。

    直訳すれば「後に続くのが難しい相手」といったところだろうか。

    でも、このアルバムの一曲目に置かれていると、どうしても『True Colours』のことを考えてしまう。

    あれだけ売れたアルバムの次に出すアルバム。

    しかも、その一曲目が「Hard Act to Follow」。

    もちろん、Timが前作の成功だけを意識してこの曲を書いたと決めつけるつもりはない。

    ただ、後からこの順番で聴くと、妙に可笑しい。

    曲が始まると、そんなこちらの考えを待ってくれない。

    勢いよく飛び出してくるTimの声。

    前へ押し出すリズム。

    短く切り込んでくるギターと鍵盤。

    『True Colours』で聴かせた、すっきり整理されたポップソングとは少し違う、落ち着きのなさがある。

    私は、この落ち着きのなさが嫌いではない。

    Split Enzは売れたからといって、急に行儀のいいバンドになったわけではなかった。

    Timの声にも、まだあの少し芝居がかった感じが残っている。

    むしろ、ここではそれを隠していない。

    I Got You
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    『One Step Ahead』— 一歩先にいるのに、安心できない

    次の「One Step Ahead」はNeil Finnの曲。

    1980年11月、アルバムに先駆けてシングルとして発売され、オーストラリアでは5位まで上がった。

    この曲は、今聴いても不思議な作りをしている。

    まず、ベースとドラムの動きが妙に気になる。

    前へ進んでいるのに、どこか同じ場所を歩いているような感じがある。

    Eddie Raynerの鍵盤もいい。

    目立つフレーズを次々に弾くのではなく、曲の後ろに少し冷たい空気を置いている。

    Neilのギターは、ここでも弾きすぎない。

    短い音を置いて、すぐに引く。

    その隙間へ声が入ってくる。

    私はこの曲を聴くと、ギターの音数を減らすことの難しさを思い出す。

    弾こうと思えば、もっと弾ける。

    でも、弾いた途端に曲の空気が変わってしまうことがある。

    「One Step Ahead」は、まさにそんな曲だと思う。

    一歩先へ行っても、離れられない

    One step ahead of you
    君の一歩先にいる

    タイトルにもなっているこの短い言葉は、ずいぶん自信がありそうに聞こえる。

    相手より一歩先を行く。

    少なくとも、後れを取ってはいない。

    ところが、Neilの歌い方には、勝ち誇った感じがほとんどない。

    むしろ、相手との距離を気にしながら歩いているように聞こえる。

    先へ進んでいるのに、後ろを振り返ってしまう。

    離れたいのか、離れたくないのか。

    そのあたりが、どうにもはっきりしない。

    私はこういうNeilの歌が好きだ。

    言葉だけを読むと強そうなのに、声が少し違うことを言っている。

    翻訳の仕事でも、こういうところで手が止まる。

    同じ「一歩先」でも、相手を出し抜いたのか、逃げようとしているのか、それとも追いつかれるのが怖いのか。

    言葉の意味だけでは、なかなか決まらない。

    そして、この曲にはもう一つ面白い話がある。

    Neilは2001年のインタビューで、「One Step Ahead」をMelbourneのホテルの部屋で書いたと振り返っている。

    歌詞に行き詰まっていた時、Noel Crombieが言葉を考えてくれたという。

    Neilはその中の一部を実際に使ったと話している。

    Noelといえば、衣装、ジャケット、ステージの演出、パーカッション。

    そういう印象が強い。

    でも、ここではNeilの歌詞にも関わっていた。

    しかもNeilは、スタジオでこの曲が形になった瞬間や、Eddieの鍵盤の素晴らしさを覚えていた。

    バンドというのは、クレジットに書かれている名前だけで曲が出来ているわけではない。

    誰かの一言。

    何となく出したアイデア。

    隣で聴いていた人の反応。

    そういうものが、完成した曲の中に少しずつ残る。

    The Swingersの「Counting the Beat」で、BonesのベースラインをPhilが拾い上げた話を書いたばかりだけれど、こちらにも似たようなことが起きていたわけだ。

    こういう話を見つけると、ますます昔のレコーディング風景を覗いてみたくなる。


    『History Never Repeats』— 繰り返さない、と言いながら

    アルバムの後半には、もう一つのNeil Finnの代表曲「History Never Repeats」がある。

    1981年にシングルとして発売され、オーストラリアでは4位を記録した。

    こちらは「One Step Ahead」と違って、ギターがずいぶん前へ出てくる。

    あの細かく動くギターのフレーズ。

    明るく、軽やかで、少しせわしない。

    音だけ聴いていると、何かいいことが始まりそうにも聞こえる。

    でも、歌詞を追っていくと、どうもそう簡単ではない。

    忘れたことにしている過去

    History never repeats
    過去は繰り返さない

    言い切っている。

    もう終わったことだ。

    同じことは起きない。

    そう自分に言い聞かせているようにも聞こえる。

    けれど、人間関係で傷ついた経験というのは、そんなに簡単に片付くものではない。

    もう気にしていないつもりでも、何かの拍子に思い出す。

    似たような言葉を聞いた時。

    昔と同じ匂いがした時。

    何年も聴いていなかった曲が、突然流れてきた時。

    私はこの歌を、過去を完全に振り切った人の歌としては、あまり聴いていない。

    むしろ、過去へ引き戻されないように、少し急いで歩いている人の歌に聞こえる。

    だから、あのギターの勢いがいいのだと思う。

    止まって考えるより、今は前へ進みたい。

    そんな感じがする。

    そして、この曲の映像も忘れられない。

    1981年8月1日、アメリカでMTVが放送を開始した日、「History Never Repeats」のミュージックビデオは、開局後12番目に放送された。

    監督はNoel Crombie。

    まだMTVそのものが始まったばかりの時代に、Split Enzの映像がアメリカの家庭へ流れていた。

    長い間、変わった衣装や奇妙なステージを見せてきたバンドにとって、
    映像の時代は案外相性が良かったのかもしれない。

    音楽だけでは伝わりきらない、あの妙な世界がある。

    Neilの歌。

    Timの表情。

    Eddieの動き。

    Noelの発想。

    それらが一つの画面に収まる。

    レコードだけで聴いていた人が映像を見て、「何だ、この人たちは」と思ったとしても、私はあまり驚かない。笑


    Tim Finnは、踊りたくない

    Neilの2曲がシングルとして目立つ一方で、Tim Finnも相変わらず面白い曲を書いている。

    「I Don't Wanna Dance」。

    踊りたくない。

    実に分かりやすいタイトルだ。

    ところが、曲そのものには身体を動かしたくなるようなリズムがある。

    ここがTimらしい。

    踊りたくないと言いながら、曲は止まってくれない。

    少しひねくれている。

    でも、ただふざけているわけでもない。

    周囲が楽しそうにしている時に、自分だけどうにもその気になれないことがある。

    別に誰かが嫌いなわけではない。

    その場が嫌なわけでもない。

    ただ、今はそういう気分ではない。

    50代になると、こういう気持ちが分かる場面も増えてくる。

    昔なら、多少疲れていても付き合った。

    今は翌日の予定や体力の残り具合まで考えてしまう。

    ロックミュージシャンとしてどうなのか、という気もするけれど。笑

    ただ、この曲を年齢の話だけで片付けたくはない。

    Timの歌には、昔から少し距離を取って周囲を眺めているようなところがある。

    楽しそうな場所にいても、どこか一人だけ違うことを考えている。

    「Clumsy」にも、そんなTimの不器用さが出ている気がする。

    Clumsy は、不器用な、ぎこちない、といった意味の言葉だ。

    人間関係でも、言葉でも、身体の動きでも、うまくいかない時に使える。

    Timの歌を聴いていると、時々、器用に見せようとするほど不器用さが出てしまう人を思い浮かべる。

    もちろん、本人がそういう人だったと決めつけるつもりはない。

    ただ、あの声には、そんな感情がよく似合う。


    Eddie Raynerが置いていった、言葉のない2曲

    このアルバムには、Eddie Raynerによるインストゥルメンタルが2曲入っている。

    「Wail」と「Albert of India」。

    私はSplit Enzのアルバムで、こういう曲に出会うと少し嬉しくなる。

    歌がない。

    だから、言葉の意味を追いかけなくていい。

    ただ、音がどこへ向かうのかを聴いていればいい。

    Eddieの鍵盤は、いつも少し不思議だ。

    伴奏をしているかと思うと、急に前へ出てくる。

    かと思えば、誰かが歌い始めた途端に、何事もなかったように後ろへ引く。

    その加減が面白い。

    「Wail」は、アルバムの前半にある。

    TimとNeilの歌が続いたところで、急に言葉がなくなる。

    少し耳の使い方が変わる。

    そして最後の「Albert of India」。

    こちらはアルバム全体の出口に置かれている。

    大きな歌で締めくくるのではなく、Eddieの音を聴きながら終わる。

    これもSplit Enzらしい。

    『True Colours』にも「Double Happy」や「The Choral Sea」のようなインストゥルメンタルがあった。

    売れる曲を書くことと、こういう音を残すこと。

    その両方を、彼らはまだ大切にしていたのだと思う。


    二つの名前と、変えられてしまった色

    ところで、このアルバムは名前からして少しややこしい。

    ニュージーランドや海外では『Waiata』。

    オーストラリアでは『Corroboree』。

    Waiata はマオリ語で歌を意味する言葉。

    Corroboree は、オーストラリア先住民の儀礼的な集まりや、そこで行われる歌や踊りなどに関わる言葉だ。

    Noel Crombieには、発売する国に合わせて、その土地の先住民の言葉をタイトルに使う構想があったという。

    ただ、実際に別のタイトルが採用されたのはオーストラリアだけだった。

    ここには、当時の彼らなりのニュージーランドやオーストラリアへの意識が見える。

    もちろん、先住民の言葉や文化をアルバムの名前に借りることについては、今なら別の角度から考える必要もあるだろう。

    ただ、少なくともこの作品のタイトルが、単なる思いつきで二種類になったわけではなかったことは知っておきたい。

    そして、もう一つ。

    ジャケットの色まで違う。

    Noelが考えたデザインには、茶色、黒、白といった落ち着いた色が使われていた。

    ところが海外のレコード会社は、その茶色を好まなかった。

    結果として、海外盤には別の色を使ったジャケットが登場する。

    あの『True Colours』で、色違いのジャケットを何種類も作っていたバンドである。

    また色の話か、と思ってしまう。笑

    でも、今回は少し事情が違う。

    『True Colours』では色違いそのものが作品の面白さにつながっていた。

    『Waiata』では、Noelが選んだ色が、商業的な判断によって変更されてしまった。

    レコードの中身は同じなのに、見た目が変わる。

    音楽は耳で聴くものだけれど、ジャケットもまた、作った人が残したかったものの一部なのだと思う。

    特にNoelのように、衣装からステージまでバンドの姿を作ってきた人にとっては、なおさらだっただろう。


    1位になっても、同じ場所にはいられない

    『Waiata / Corroboree』は、ニュージーランドとオーストラリアで再びアルバムチャート1位になった。

    アメリカでもBillboardのアルバムチャートで45位まで上がっている。

    数字だけを見れば、Split Enzは前作の成功をしっかり引き継いでいた。

    ところが、バンドの内側では少しずつ変化が起きていた。

    このアルバムでドラムを叩いているのはMalcolm Green。

    『Dizrythmia』から参加し、
    『Frenzy』『True Colours』と、バンドの変化を支えてきたドラマーだ。

    そのMalcolmが、このアルバムのあとにSplit Enzを離れることになる。

    脱退の細かな時期や経緯については、資料によって記述に違いがある。

    ただ、次のアルバム『Time and Tide』では、もうMalcolmはドラムを叩いていない。

    代わってドラムを担当するのが、Noel Crombieだった。

    そう。

    あのNoelである。

    衣装を作り、ジャケットを描き、パーカッションを担当し、時にはスプーンまで鳴らしていた人が、今度はドラムセットの後ろへ座る。

    何ともSplit Enzらしい人選だ。

    普通なら、新しいドラマーを探すところだろう。

    でも、このバンドはそうしなかった。

    Noelなら出来る。

    そんな空気があったのかもしれない。

    もっとも、本人にとっては簡単な話ではなかったようだ。

    Noelは後年、ドラムを任された時の戸惑いや怖さを語っている。

    そりゃそうだろう。

    パーカッションとドラムは、同じ打楽器でも役割が違う。

    ドラムは曲の足元を支え続けなければならない。

    少し気を抜くと、バンド全体が揺れてしまう。

    私はギタリストだから、こういう役割の変更には妙に感心してしまう。

    長年ギターを弾いてきたからといって、
    明日からベースでバンド全体を支えろと言われたら、相当緊張すると思う。

    弾けるかどうかと、任せられるかどうかは別の話だ。

    Noelは、その役目を引き受けた。

    その結果がどうなったのかは、次のアルバムで聴くことになる。

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    『Walking Through the Ruins』と『Ships』— 明るい音の向こう側

    『Waiata』の後半には、私がどうしても外せない曲が二つある。

    Tim Finnの「Walking Through the Ruins」と、Neil Finnの「Ships」。

    どちらも大きなヒットシングルではない。

    でも、この二曲が続けて収録されているところに、私はこのアルバムの面白さを感じる。

    「One Step Ahead」や「History Never Repeats」で聴かせたNeilの軽快なポップソングとは、少し違う風景がある。

    以前、おじさんギタリストシリーズ#66でも「Walking Through the Ruins」を紹介曲として挙げたことがある。

    ただ、あの時は曲の説明まではしていなかった。

    せっかくなので、今回はもう少しゆっくり聴いてみたい。

    『Walking Through the Ruins』— 愛の廃墟を歩く男

    まず、Tim Finnの「Walking Through the Ruins」。

    タイトルを訳せば「廃墟の中を歩いている」といったところだろうか。

    けれど、この曲で崩れ落ちたのは、実際の建物ではない。

    かつて二人で築いてきた愛情だ。

    歌詞には、崩れた壁や柱、瓦礫、そして大聖堂まで登場する。

    愛し合っていた頃には、それほど立派で、壊れることなど考えもしなかったものが、今は跡形もなく崩れている。

    そんな大げさな風景を使って、Timは失恋を歌っている。

    I'm just walking through the ruins of love
    ただ、壊れてしまった愛の跡を歩いているだけ

    ここで面白いのは、歌の中の男が、立ち直ろうとしているようにはあまり聞こえないことだ。

    どうすればいいのか分からない。

    離れてしまえば忘れられるかもしれない。

    でも、その場所からなかなか動けない。

    別れた相手のことを考えないようにしているのに、気がつけばまた同じことを考えている。

    若い頃は、失恋したら次へ進めばいい、なんて簡単に考えていたこともあった。

    でも、50代になると少し違う。

    人間関係が終わるというのは、相手がいなくなることだけではない。

    一緒に過ごした時間や、何気ない会話、当たり前になっていた習慣まで、少しずつ行き場を失ってしまう。

    それを片付けるには、案外時間がかかる。

    この曲のTimは、そんな場所をまだ歩いているように聞こえる。

    そして音楽は、思っていたほど暗くない。

    リズムには動きがあるし、鍵盤もギターも、崩れた風景の中で妙に生き生きとしている。

    悲しいことを歌っているのに、演奏はじっとしていない。

    私はこのちぐはぐな感じが好きだ。

    本当に落ち込んでいる時ほど、周りの世界は普段どおりに動いているものだ。

    信号は青になるし、電車は来る。

    自分だけが立ち止まっているつもりでも、時間は勝手に進んでいく。

    「Walking Through the Ruins」には、そんな少し困った現実がある。

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    『Ships』— 着飾って隠しているもの

    そして次に流れてくるのが、Neil Finnの「Ships」。

    こちらは、Timの曲とはまた違った寂しさがある。

    タイトルだけを見ると、船の歌だと思う。

    海を渡る船。

    遠く離れていく人。

    そんな風景を想像してしまう。

    ところが歌詞を読むと、少し違う。

    体調が悪い。

    落ち着かない。

    人前に出ることにも、どこか不安がある。

    それなのに、きちんと着飾って街へ出かけようとする。

    外からは何でもないように見せながら、内側ではずいぶん混乱している。

    Neilは1981年、この曲について、問題を抱えていることを外出時の服装で隠し、何もかも忘れようとする人々の歌だと説明している。

    これを知ってから聴くと、曲の印象が少し変わる。

    Deep down, messed up
    心の奥では、もうぐちゃぐちゃなのに

    ずいぶん短い言葉だ。

    でも、なかなか強い。

    Deep down は、心の奥底では、本当のところは、という意味。

    Messed up は、混乱している、めちゃくちゃになっている、という感じだろうか。

    日本語で「心が傷ついている」と訳してしまうと、少しきれいすぎる気がする。

    もっと散らかっている。

    自分でも、どう片付けていいのか分からない。

    そんな感じがする。

    それなのに、外へ出る時には服を整える。

    髪を直す。

    人と会えば、普通に笑う。

    「元気?」

    そう聞かれたら、「うん、元気だよ」と答える。

    別に嘘をつきたいわけではない。

    ただ、自分の中にある面倒なものを、いちいち誰かに説明したくない時もある。

    50代になった今なら、その気持ちは少し分かる。

    私も仕事へ行く時には、それなりに身なりを整える。

    もっとも、ギターケースを持っている時点で、何となく普通の会社員には見えないのだけれど。笑

    それでも、外側を整えることで、気持ちまで少し落ち着くことはある。

    服装というのは、人に見せるためだけのものではないのかもしれない。

    時には、自分自身を何とか外の世界へ連れ出すためのものでもある。

    「Ships」のNeilは、そんな人たちを見ていたのだろうか。

    あるいは、自分自身にも似たところがあったのだろうか。

    そこまでは分からない。

    ただ、この曲の軽やかな響きの奥に、そういう不安が隠れていると知ると、Neilの声が少し違って聞こえてくる。

    ギターは必要以上に前へ出ず、鍵盤がその後ろに広がっている。

    歌も、深刻になりすぎない。

    だから余計に、歌詞との距離が気になる。

    明るく振る舞っている人が、必ずしも明るい気持ちでいるわけではない。

    そんな当たり前のことを、この曲はずいぶん軽い足取りで歌っている。

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    二人のFinnが、それぞれ隠していたもの

    こうして続けて聴くと、TimとNeilの違いが面白い。

    Timは、壊れた愛を大きな廃墟にしてしまう。

    Neilは、内側の混乱をきれいな服の下へ隠してしまう。

    片方は崩れたものを見せ、もう片方は崩れていることを見せまいとする。

    ずいぶん違うやり方だ。

    けれど、どちらの歌にも、うまく整理できない感情がある。

    そのあとに続くTimの「Ghost Girl」も、また違った形で、人と人との距離を感じさせる曲だ。

    『Waiata』の後半には、こういう少し落ち着かない歌が並んでいる。

    前作『True Colours』で大きな成功を手にしたSplit Enz。

    ステージは大きくなり、レコードは売れ、世界中に彼らの音楽が届くようになった。

    でも、TimとNeilが書いていたのは、成功した人間の自信に満ちた歌ばかりではなかった。

    失った愛。

    人前では見せない不安。

    うまく伝えられない気持ち。

    むしろ、そういうものが以前より近くに聞こえてくる。

    私は、この二曲があるから『Waiata』を何度でも聴きたくなる。

    派手なシングルの陰に、こういう歌が残っている。

    そして不思議なことに、歳を重ねるほど、そちらの方へ耳が向いてしまう。

    若い頃には、もう少しギターの派手な曲ばかり探していた気もするのだけれど。

    今は、誰かが隠そうとしている小さな気持ちの方が、妙に気になる。

    音楽を聴く耳も、少しずつ変わっていくものらしい。


    次の音へ向かう前に

    『Waiata / Corroboree』は、私にとって少し不思議なアルバムだ。

    『True Colours』ほど大きな転換点として語られることは少ない。

    その次の『Time and Tide』には、また別の強い物語がある。

    だから、このアルバムは時々、その二枚の間に挟まれてしまう。

    でも、実際に聴くと、そんなに地味な作品ではない。

    「One Step Ahead」の落ち着かない美しさ。

    「History Never Repeats」の前へ進むギター。

    Timの少しひねくれた歌。

    Eddieの言葉のない二曲。

    そして、まだMalcolm Greenがドラムを叩いている六人の音。

    前作と同じメンバーで、同じプロデューサーと作ったアルバムなのに、どこか空気が違う。

    成功して、以前より自由に音楽を作れるようになった。

    でも、その自由の中で、今度は自分たちが何を作りたいのかを考えなければならなくなった。

    私はこのアルバムに、そんな六人の姿を重ねてしまう。

    50代になっても、昨日の自分の演奏が気になることがある。

    もっと良く出来たんじゃないか。

    いや、あれで良かったんじゃないか。

    考え始めると、なかなか終わらない。

    それでも、次の仕事の日にはまたギターを持っていく。

    昨日の音をそのまま繰り返すためではなく、今日の音を探すために。

    Split Enzも、きっとそうだったのだろう。

    1981年。

    二枚続けて1位になった彼らは、もう以前のような無名のバンドではなかった。

    けれど、六人で作るアルバムは、これが最後になる。

    次にレコードへ針を落とす時、ドラムの後ろには別の人が座っている。

    それを知ってから「Albert of India」を聴くと、アルバムの終わりが少し違って聞こえる。

    Eddieの鍵盤が、まだ鳴っている。

    そして、その後ろにはMalcolmのドラムがある。

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