🎵『You Can Call Me Al』Paul Simon(1986)

    S&Gじゃなくて、S&Cで

    曲名: You Can Call Me Al
    アーティスト: Paul Simon
    発表: 1986年
    作詞: Paul Simon
    作曲: Paul Simon
    収録アルバム: 『Graceland』(1986年)
    Producer: Paul Simon
    Label: Warner Bros. Records


    S&G祭りの横から、ちょっと失礼します。笑

    noteで交流させていただいている西門レノンさんが、S&G祭りを開催されているそうだ。

    サイモン&ガーファンクルの音楽を愛する方々が、それぞれの思い出や演奏、歌などを持ち寄って楽しむ企画。

    こういう企画はいいなあと思う。

    同じアーティストが好きでも、心に残っている曲は人それぞれ違う。

    どんな曲が紹介されるのか、私も楽しみにしている。

    興味のある方は、ぜひ参加してみてください。

    西門レノンさんのS&G祭りはこちら。

    『Graceland』
    楽天 / Amazon / Yahoo / メルカリ

    さて、私も何か書いてみようと思ったのだが、選んだのはポール・サイモンの『You Can Call Me Al』。

    1986年のソロ作品である。

    つまり、S&Gの曲ではない。

    当然ながら、今回のS&G祭りの参加資格はない。笑

    ただ、私はポール・サイモンの曲の中でも、
    この『You Can Call Me Al』がとても好きなのだ。

    あの跳ねるようなベースと、軽快なリズム。

    そして、何度見ても笑ってしまうミュージックビデオ。

    S&G祭りの話を読んでいたら、なぜかこの曲が頭の中で鳴り始めてしまった。

    せっかくなので、今回はお祭りの横から、勝手に一曲紹介させていただこうと思う。

    ちなみに、あの有名なMVでポール・サイモンの隣に座っているのは、アート・ガーファンクルではなく、俳優のチェビー・チェイス。

    つまり、S&GではなくS&C。

    ……いや、だからといって参加資格が生まれるわけではないのだけれど。笑

    それでも、この二人のやり取りが実に面白い。

    曲が始まっても、しばらくはどちらが主役なのか分からない。

    いや、分からないというより、主役が完全に入れ替わっている。

    あれだけの名曲を書いてきたポール・サイモンが、まるで付き添いの人のように座っているのだから、何度見てもおかしい。

    まずは、そのMVをどうぞ。


    明るい曲なのに、歌っている男は少々くたびれている

    『You Can Call Me Al』を聴くと、まず耳に入ってくるのは、あの跳ねるようなリズムだ。

    ベースが動き、ホーンが鳴り、軽やかなギターが隙間を埋めていく。

    聴いているだけで、何となく身体が動いてしまう。

    ところが、歌詞を読んでみると、これが意外と明るくない。

    冒頭から、男は自分の身体についてぼやいている。

    Why am I soft in the middle now?
    どうして今じゃ、腹のあたりがこんなに緩んでしまったんだ?

    Soft in the middle.

    ここは単純に「真ん中が柔らかい」と訳してしまうと、何だかよく分からない。

    要するに、昔より腹が出てきたという話だ。

    しかも、この男は身体だけではなく、自分の人生についても少々不満があるらしい。

    腹は緩んできたのに、人生の方は相変わらず厳しい。

    ……何だか、妙に親近感が湧いてしまう。笑

    50代になってみると、こういう歌詞は笑いながらも少し引っかかる。

    若い頃は、年齢を重ねることなんて、ずっと先の話だと思っていた。

    身体が変わることも、昔ほど簡単に疲れが取れなくなることも、頭では分かっていたつもりだった。

    ところが、実際にそうなってみると、思っていたよりずっと地味な変化なのである。

    ある日突然、年を取るわけではない。

    気づいたら、昨日まで平気だったことが少し面倒になっている。

    それでも、頭の中にいる自分は、案外昔のままだったりする。

    この曲の男も、そんな自分に戸惑っているのかもしれない。


    いなくなった人と、見失った自分

    歌詞が進むと、男のぼやきは少し深刻になってくる。

    注意力が続かない。

    夜がやけに長い。

    妻や家族はどこへ行ったのか。

    もし、ここで自分が死んだらどうなるのか。

    さらに、自分が手本にしてきた人までいなくなってしまったという。

    これだけ並べると、ずいぶん心細い男である。

    けれど、ポール・サイモンはそれを重苦しいバラードにはしなかった。

    あくまでも軽快なリズムの中で、少しおかしな言葉を交えながら歌っている。

    私は、この距離感が好きだ。

    人間、年を取れば不安がなくなるわけではない。

    むしろ若い頃には考えもしなかったことが、ふと頭をよぎるようになる。

    この先、どれくらい演奏を続けられるのだろう。

    昔のように指が動かなくなったら、どうしよう。

    いや、その前に今日の仕事をちゃんと終わらせなければ。

    そんなことを考えながら、結局またギターを手に取っている。

    少々情けないが、これが現実だ。笑

    この曲の男も、きっと立派な答えを求めているわけではないのだと思う。

    ただ、誰かに話を聞いてほしい。

    自分がここにいることを、誰かに分かっていてほしい。

    そんな気持ちが、あの陽気なリズムの下に隠れているように聞こえる。


    BettyとAl。名前を間違えたところから生まれた歌

    ところで、この曲のタイトルにもなっている「Al」という名前。

    実は、ちょっと面白い由来がある。

    ポール・サイモンが出席したパーティーで、フランスの作曲家・指揮者ピエール・ブーレーズが、彼の名前を間違えて「Al」と呼んだという。

    さらに、当時の妻ペギーのことまで「Betty」と呼んでしまったらしい。

    PaulがAlに。

    PeggyがBettyに。

    なかなか豪快な間違え方である。

    でも、ポール・サイモンはそこから曲のアイデアを得た。

    名前を間違えられたという、普通ならその場で終わってしまう出来事が、何年も聴かれる歌になったのだから面白い。

    サビでは、こんなふうに歌われる。

    Uh, if you would be my bodyguard, I can be your long-lost pal
    もし君が僕を守ってくれるなら、僕は昔からの親友にだってなれる
    I can call you Betty
    君のことはベティって呼ぼう
    And Betty, when you call me, you can call me Al
    そしてベティ、君は僕のことをアルって呼んでくれればいい

    何とも妙な会話である。

    ボディーガードになってくれるなら、昔からの友達になろう。

    名前だって、本当の名前でなくても構わない。

    それほど親しい相手でなくても、ひとまず友達になれるかもしれない。

    もちろん、歌詞をそのまま素直に受け取っていいのかは分からない。

    少し皮肉にも聞こえるし、寂しさを冗談でごまかしているようにも聞こえる。

    でも私は、この軽さが嫌いではない。

    大人になると、誰かと親しくなることにも、妙に慎重になってしまう。

    若い頃なら、好きな音楽が同じというだけで、一晩中話していられた。

    今では、お互いの仕事や生活のことを考えて、なかなかそうもいかない。

    だからこそ、「アルって呼んでくれればいいよ」という気楽さが、少し羨ましくもある。


    あのベースは、やっぱり気持ちがいい

    この曲を演奏する側の耳で聴くと、どうしてもベースに意識が向いてしまう。

    ベースを弾いているのは、南アフリカ出身のバキティ・クマロ。

    あの弾むようなフレットレスベースが、曲全体をぐいぐい引っ張っている。

    特に間奏のベースソロ。

    短いフレーズなのに、妙に耳に残る。

    しかも、あの速いフレーズには録音上の仕掛けがある。

    演奏したフレーズの一部を逆再生してつなぎ、行きと帰りが対応するような形にしているのだ。

    初めてその話を知ったときは、なるほど、そういう作り方もあるのかと思った。

    もっとも、仕掛けを知ったところで、あの気持ちよさが簡単に出せるわけではない。

    音符を並べれば同じになるというものでもない。

    あのベースは、音が前へ進む感じがいい。

    ドラムにぴったり張りつくのではなく、少し遊びながら、それでもリズムの中心を見失わない。

    こういう演奏を聴くと、ギタリストの私でも、ついベースの方ばかり追いかけてしまう。

    ギターも面白い。

    レイ・フィリの刻む音は、必要以上に前へ出てこない。

    けれど、ベースとドラムの間に入ると、曲がふっと軽くなる。

    そして、エイドリアン・ブリューによるギターシンセサイザーの音も加わっている。

    あの華やかなホーンの響きの中に、ギターから生まれた音が混じっているというのも、なかなか興味深い。

    自分がギターを弾くとき、つい何かを足したくなることがある。

    もう一音。

    もう少し長く。

    もう少し目立つように。

    でも、こういう曲を聴くと、弾かない場所をちゃんと残すことの大切さを思い出す。

    ベースが気持ちよく動いているなら、ギターは少し引いていてもいい。

    むしろ、その方が曲全体はよく聞こえることもある。

    昔より、そういうことを考える時間が増えた。

    指を動かす時間より、考える時間の方が長くなっている気もするけれど。笑


    『Graceland』という、遠くの音楽との出会い

    『You Can Call Me Al』が収録された『Graceland』は、1986年に発表されたアルバムだ。

    ポール・サイモンは南アフリカのミュージシャンたちと演奏し、それまでの自分の音楽とは違うリズムや歌い方を取り入れていった。

    ただ、このアルバムが生まれた時代の南アフリカは、アパルトヘイト体制の下にあった。

    国際的な文化交流の制限もあり、ポール・サイモンの現地での録音には批判も起きた。

    だから、単純に「異文化が出会って素晴らしい作品ができた」とだけ書いてしまうのは、少し違う気がする。

    音楽が国境を越えることと、その国が置かれている現実は、必ずしも別々にはできない。

    それでも、このアルバムに参加したミュージシャンたちの演奏が、実際に多くの人の耳へ届いたことも事実だ。

    私は『Graceland』を聴くと、ポール・サイモンが自分の慣れ親しんだ音楽の外へ出ていこうとしていたことを感じる。

    S&G時代の、二人の声が重なっていく美しさとは、ずいぶん違う。

    ここではリズムが先に歩き出して、その後を言葉が追いかけているように聞こえる。

    しかも『You Can Call Me Al』の歌詞には、知らない土地へ迷い込んだ男が登場する。

    Doesn't speak the language
    言葉も通じない
    He holds no currency
    その国のお金も持っていない
    He is a foreign man
    彼は、ここではよそ者だ
    He is surrounded by the sound, the sound
    それでも周りには、知らない土地の音があふれている

    最初は戸惑っていた男が、やがて目の前の風景を見上げる。

    そこには、恐れだけではない、何かに驚く気持ちもあるように思う。

    自分の知っている世界がすべてではなかった。

    そんな当たり前のことに、大人になってから気づく瞬間がある。

    私はこの曲の後半を聴くと、そんな感覚を思い出す。


    チェビー・チェイスが全部持っていくMV

    さて、ここであのMVに戻りたい。

    ポール・サイモンとチェビー・チェイスが、部屋の中に並んで座っている。

    ところが、歌い始めるのはチェビー・チェイスの方。

    正確には、ポール・サイモンの歌に合わせて口を動かしている。

    本物の歌手は隣に座ったまま、何とも所在なさそうな顔をしている。

    しかもチェビー・チェイスは、やたら楽しそうだ。

    身振り手振りを交え、まるで自分の曲であるかのように歌っている。

    その横で、ポール・サイモンは楽器を持ってきたり、吹いてみたり、弾いてみたり。

    完全に脇役である。笑

    このMVはゲイリー・ワイスが監督したもので、二人の身長差も含めて、何ともおかしな映像になっている。

    私は、このMVのポール・サイモンが好きだ。

    自分の曲なのに、主役の座をあっさり相手に渡してしまう。

    もちろん、きちんと考えられた演出なのだけれど、あの少し困ったような表情が絶妙なのである。

    曲の中では、自分の名前さえ別の名前で呼んでくれと言っている。

    MVでは、自分の歌まで別の男に歌わせている。

    そう考えると、あの映像は歌詞ともどこかつながっているような気がする。

    それにしても、チェビー・チェイス。

    あの顔であれだけ堂々と歌われたら、そりゃあポールも困るだろう。笑


    まあ、アルでも何でもいいじゃないか

    若い頃、この曲を聴いていたときは、とにかくリズムが楽しかった。

    ベースが格好よくて、ホーンが華やかで、MVがおかしくて。

    それだけでも十分だった。

    でも、今あらためて歌詞を読んでみると、少し違う男が見えてくる。

    腹が出てきたことを気にしている。

    注意力が続かない。

    家族のことを考え、自分のこれからを心配している。

    そして、知らない世界に放り込まれて、戸惑っている。

    何だか、あまり他人事とは思えなくなってきた。

    ポール・サイモンは、そんな男を湿っぽく歌わなかった。

    軽快なリズムに乗せて、少し笑いながら歩かせている。

    私は、そこがいいと思う。

    50代になっても、分からないことは山ほどある。

    身体も変わるし、考え方も変わる。

    昔の自分なら笑っていたようなことで、今は少し立ち止まることもある。

    それでも、好きな音楽が流れてくれば、身体はまだ反応する。

    少なくとも、あのベースが鳴っている間くらいは。

    今回、西門レノンさんのS&G祭りの記事をもちこさん経由で読んで、
    あらためてポール・サイモンの音楽を聴きたくなった。


    本来ならサイモン&ガーファンクルの曲を取り上げるところなのだろうけれど、私の頭に真っ先に浮かんだのは、やっぱり『You Can Call Me Al』だった。

    お祭りには参加できないけれど、こうして好きな曲について書くきっかけをいただけたことには感謝している。

    レノンさん、素敵な企画をありがとうございます。

    それにしても、ポール・サイモンとチェビー・チェイス。

    片方は歌っているのに、もう片方が歌っているふりをしている。

    何とも妙な二人組だ。

    でも、あのMVを見ていると、そんな細かいことはどうでもよくなってくる。

    そして、また最初から曲を聴いてしまう。

    あのベースが鳴り始めると、どうにも止められないのである。笑



    紹介した音源・CDを探す

    ※この欄にはアフィリエイトリンクが含まれます。価格・在庫はリンク先でご確認ください。

    検索対象:Graceland / Paul Simon

    楽天ブックス

    このサイトを応援する

    SouthWindMusicは個人で運営しています。 サイト運営維持のため、ご支援いただけると嬉しいです。

    PayPalで応援する

    ※金額は自由にご入力いただけます

    コメントする