🎵 SPLIT ENZ史 第7章

名前が変わる数秒と、その間にあった時間

昔、『History Never Repeats – The Best of Split Enz』
というVHSビデオを何度も見ていた。

その中に、アルバムの変遷を辿りながら、
インストゥルメンタルになった彼らの曲をBGMに、
その時々のメンバーを紹介していく場面がある。

あれを見ていると、アルバムが一枚変わるたびに、
メンバーの顔ぶれも変わっていた。

「あれ、この人もういないのか」

と思ったら、次には知らない顔がいる。
また次のアルバムになると、そこにも違う人がいる。

Split Enzを後から知った私には、
それがこのバンドの歴史を覚える、
一つの手がかりにもなっていた。

音が変わる。衣装が変わる。髪型が変わる。
そして、そこに立っている人まで変わる。

でも不思議なことに、
どの時代を見てもSplit Enzだった。

映像の中では写真が切り替わり、名前が変わって、
ほんの数秒で次の時代へ進んでいく。

でも実際には、その数秒の間に何週間も、何か月も、
「このままでいいのか」という時間があったはずだ。

一緒に演奏してきた人がいる。レコードも作った。
海を渡り、同じ車に乗り、同じステージにも立った。

そういう時間は、
年表に書かれた「脱退」「加入」という短い言葉からは、
なかなか見えてこない。

第6章では、Emlyn Crowtherが去り、
Malcolm Greenが加わったところまでを書いた。

1976年の終わり。
Split Enzはまた少し違うバンドになっていた。

そして次に動くのは、
もっとバンドの真ん中に近いところだった。


名前は少しずつ広がっていた

Englandで、Split Enzがまったく受け入れられなかった、
というわけではない。

Jack The Ladとのツアーを経て、
自分たちがヘッドライナーとなるUKツアーも行った。

さらにHollandへ渡ると、
少し違う反応が返ってきた。

Mike Chunnが1977年当時のインタビューで語ったところでは、
オランダのTVでSplit Enzの映像が二本放送された。

その反響もあり、
Amsterdam公演はSold Outになったという。

現地の音楽誌にも取り上げられた。

『Second Thoughts』はBelgiumで11位、
Netherlandsで28位まで上がったと、
Mikeは同じインタビューで話している。

少しずつではあるけれど、
Split Enzという名前はNew Zealandの外へ広がっていた。

ところがEnglandでは、
レコードが思うように売れない。

ラジオでも、ほとんど曲が流れない。

ライブをすれば客の反応はある。
記事にもなる。

でも、生活が楽になるわけではない。

Mikeによれば、
ライブ活動にはかなりの金がかかっていた。

演奏を続けること自体が、
経済的な負担になるような状況でもあった。

これはなかなか辛い。

客は喜んでいる。
雑誌にも名前が載る。

でも、金はない。

成功しているのか、失敗しているのか。
本人たちにも、よく分からなかったかもしれない。

音楽を続けていると、
こういう時期がある。

外から見ると、ちゃんと動いている。

本人は、

「これ、前に進んでるのか?」

と思っている。

数字だけでは測れない。
でも生活は数字で来る。

家賃は、拍手では払えない。

そこは昔も今も、
あまり変わらない。


Malcolm GreenとMike Chunn

そんな時期に入ってきたのが、
第6章で書いたMalcolm Greenだった。

Mike ChunnとMalcolmが一緒に録音した期間は、
それほど長くない。

それでもMikeは後に、
Phil Manzaneraと録音した「Another Great Divide」での、
Malcolmとの演奏を高く評価している。

新しいドラマーが入った。

一緒に演奏してみると、
手応えもある。

バンドの足元が、
また少し安定し始める。

普通ならここから、
新しいメンバーとの時間が始まるように見える。

でもSplit Enzでは、
そう簡単にはいかなかった。

Malcolmが入った頃には、
今度はMike自身にも別の時間が近づいていた。

「これから」が見えた時に、
別の誰かの「ここまで」が近づいている。

あのVHSでメンバーの顔が次々に変わっていったことを思い出すと、
今は、その間にあった時間の方が気になる。

あれ、この人もういないのか
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そしてAmericaへ

1977年2月。
Split Enzは、今度はAmericaへ向かった。

Mike Chunnの回想によれば、
Chrysalis RecordsのAmerica側から、
一つの条件が示されていた。

Split Enzが実際にAmericaへ来るなら、
『Mental Notes』を発売する。

ここでいう『Mental Notes』は、
Australasiaで『Second Thoughts』として発売されたアルバムだ。

Englandへ行き、Europeを回り、
今度はAmerica。

New Zealandから始まったバンドは、
とうとうそこまで来た。

Los Angelesに到着した時のことを、
Mikeは後年かなり楽しそうに話している。

迎えに来たリムジン。

電動で動く窓。
Sunroof。
車内のテレビ。
そしてFMラジオ。

Mikeたちは、
そんなものにいちいち興奮したらしい。

私はこの話が好きだ。

後から歴史だけを読むと、
「Split Enz、1977年America進出」となる。

でも実際に車に乗っていたのは、
電動で動く窓だけでも面白がってしまう若者たちだった。

世界へ出ていくバンドも、
車の中ではそんなものだったのだろう。

ちょっと安心する。


夢のAmericaでも、簡単にはいかなかった

ところが、Americaへ着いたからといって、
急にすべてが上手くいったわけではない。

San Franciscoでは、
強い反応が返ってきた。

Mikeの当時のインタビューによれば、
Boarding Houseでの最初の公演はSold Out。

追加された公演にも客が入り、
Standing Ovationを受けた夜もあった。

Americaでも、
Split Enzの音に反応する人は確かにいた。

その一方で、Mikeが後年振り返ったAmericaでの扱われ方には、
少し違う戸惑いもあった。

音楽そのものより、
「遠い国から来た奇妙なバンド」というイメージが先に歩いていく。

Atlantaでは、
Split Enzのそっくりさんコンテストまで企画された。

Mikeの回想では、
ほとんど参加者が集まらなかったという。

それでもWinnerは決まり、
Mikeに似た人物だったらしい。

これは少し笑ってしまう。

New Zealandを出た。
Australiaへ行った。

Englandへ渡った。
Europeも回った。

そして、とうとうAmericaまで来た。

でもAmericaへ着いたことと、
自分たちの音楽がAmericaへ届いたことは、
同じではなかった。

第6章で、
目的地に着いたところからまた生活が始まる、と書いた。

Americaでも同じだった。

車は大きくなった。
道路も広くなった。

でも、夢まで自動的に大きくなるわけではなかった。


Phil Juddには、ツアーが重くなっていた

そのAmericaツアーの途中で、
Phil Juddは一つの決断をする。

Philにとって、
ライブや長いツアーは大きな負担になっていた。

Mike Chunnも後年、
Philはライブ演奏を楽しめず、
ストレスを感じていたのだと思う、と振り返っている。

1977年当時のMikeのインタビューでは、
Philが妻や子供と長く離れていたことにも触れられている。

Mikeは、それもPhilにとって辛かったのではないか、
という見方をしていた。

曲を書くこと。

絵を描くこと。

スタジオで音を作ること。

そして毎晩、
知らない街のステージへ立つこと。

同じ「音楽をやる」という言葉の中にあっても、
全部が同じではない。

私はここを、
「TimとPhilが喧嘩したから」とは書きたくない。

少なくとも、
確認できる資料からそう単純には言えない。

Phil Juddという人にとって、
Split Enzの音楽を作ることと、
Split Enzとして旅を続けること。

その二つは、
だんだん同じ場所には置けなくなっていたように見える。


1977年2月27日、Atlanta

1977年2月27日。

1979年にまとめられたSplit EnzのBand Fileには、
この日のAtlantaでPhil Juddが離脱したと記録されている。

ただし、当時のMike Chunnの詳しい証言を読むと、
実際の経緯はもう少し複雑だった。

AtlantaでPhilは、
Split Enzを辞める意思をメンバーに伝えた。

でも、そこで荷物を持って帰ったわけではない。

Philは残っていたAmericaツアーを続けた。

Mikeも後に、
Philが残りの公演を続けてくれたことに感謝している。

Philがその場で離れていたら、
残りのツアーを続けることは難しかったはずだ。

私はこの話を知ってから、
「1977年2月27日、Phil Judd脱退」という一行が、
少し違って見えるようになった。

辞めると決めた。

でも、明日も同じメンバーと移動する。

そして夜になれば、
また同じステージへ立つ。

確認出来ないことは、
この物語では無理に埋めなくていい。

ただ一つ確かなのは、
Philが辞める意思を伝えたあとも、
Split Enzの旅はまだ続いていたということだ。


辞めると決めた人と、旅を続ける

Atlantaのあとも、
Americaツアーは続いた。

Bostonへ行く。
New Yorkへも行く。

Philもまだ一緒にいる。

後から見る私たちは、
誰がいつ辞めたのかを知っている。

でも、その時の彼らには、
まだ次のHotelがあり、
次の移動があり、
次のステージがあった。

バンドというのは、
少し不思議な人間関係だと思う。

会社なら退職日を決めて、
机を片づけて終わることも出来る。

バンドは、
そうはいかないことがある。

辞めると決めた相手と、
もう一度同じ曲を演奏する。

音を出せば、
昔から身体に入っている呼吸が戻ってくる。

でも演奏が終われば、
もう同じ未来を見ていない。

Phil JuddとTim Finnが、
Aucklandで一緒に曲を書き始めてから何年も経っていた。

「For You」。

「Split Ends」。

そこからバンドが生まれた。

Philは一度離れ、
また戻ってきた。

『Mental Notes』を作った。

Englandへ渡り、
Phil Manzaneraと『Second Thoughts』を作った。

そしてAmericaまで来た。

あの頃のAucklandから考えれば、
ずいぶん遠い。

でもPhilは、
ここでまたSplit Enzを離れることになる。

「また」と書くのは、
この人がこの先もう一度Split Enzへ戻ってくるからだ。

だからPhil Juddの物語は、
ここではまだ終わらない。

この人は、
そう簡単にはSplit Enzの歴史から消えてくれない。

そこも少し、
Phil Juddらしい気がする。


Tim Finnが、一人になる

Philがいなくなったことで、
大きく状況が変わった一人がTim Finnだった。

Timは1977年のインタビューで、
Philが離れたあと、
AmericaでEddie Raynerと多くの曲を書いたと話している。

場所はBaltimore。

Timの叔父の家だった。

そこにはPianoがあり、
TimとEddieは曲を書き始めた。

Tim自身、
この時期は自分にとってとても重要だったと振り返っている。

長いあいだ、
曲を書く隣にはPhilがいた。

第2章からずっと書いてきた、
あの相手だ。

Timとは違う耳で曲を聴き、
少し違う場所へ音を持っていく人。

その相手がいなくなった。

TimはEddieと書き始める。

後のSplit Enzを考えると、
これはかなり大きな変化だった。

Tim Finnというソングライターが、
それまでより前へ出ることになる。

本人が望んだ順番だったかどうかは分からない。

でも時々、
準備が出来てから役割が来るのではなく、
役割だけ先に来てしまうことがある。

私も、あまり好きな成長の仕方ではない。

出来ればもう少し、
こちらの都合も聞いてほしい。

でも、だいたい聞いてくれない。


そして、もう一人が限界に近づいていた

Philの問題だけでも、
Split Enzにとっては十分に大きかった。

でも、このAmericaツアーでは、
もう一人にも別の問題が迫っていた。

Mike Chunn。

第1章から、
この物語の中にずっといる人だ。

Sacred Heart CollegeでTimと出会い、
Stillwaterを経て、
Split Endsの最初からベースを弾いてきた。

New Zealandを出た。

Australiaへ行った。

Englandへ渡った。

Europeを回った。

そしてAmericaまで来た。

少年の頃に聴いていた音楽の世界へ、
本当に自分の足で入ってきた。

ところが、その頃Mikeの中では、
外からは見えにくい問題が大きくなっていた。

Agoraphobia――広場恐怖症。

Mike自身、後年何度も、
当時のパニック発作とAgoraphobiaについて語っている。

ここは、
「Mike Chunn、脱退」と一行では済ませたくない。

第1章から彼を追ってきたから、
なおさらそう思う。

Phil Juddが降りようとしていたAmericaで、
Mikeもまた、
自分がこの先を続けられるのかを考えていた。

その話は、
次の章で書きたい。


Mike Chunnから、その次のSplit Enzへ

昔見ていたVHSでは、
ここもきっと数秒だった。

写真が変わる。

名前が消える。

新しい名前が入る。

それだけで、
Split Enzは次の時代へ進んでいく。

でも今は、
その数秒をもう少しゆっくり見たい。

Mike Chunnが、
なぜSplit Enzを離れなければならなかったのか。

そして自分が続けられなくなった時に、
このバンドの続きをどう考えたのか。

そこには、
少し意外な名前が出てくる。

Neil Finn。

ただ、
まだ彼を急いでEnglandへ連れてくるのはやめようと思う。

その前にMikeの話がある。

第1章でTimの隣にいた少年は、
とうとうAmericaまで来た。

それでも、
ここから先へは同じように進めなかった。

昔見ていたVHSなら、
写真が一枚変われば済んでしまうところだ。

でも、その写真が変わる前に、
Mike Chunnの時間がある。

Neil Finnの名前が、
この物語の中へ本当に入ってくるのは、

そのあとだ。

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